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演劇集団 東京直角街

プラスマイナスゼロ

2020.12.09 11:10

道を曲がると、僕の頭を悩ませる状況が現れた。


車椅子のおばさんが、ビルに入ろうとしている。


そこまで車椅子を押してきたのであろう付き添いの男性が、一度おばさんの元を離れてビルのドアを押し開けた。


しかし、ドアは、押さえていないと勝手に閉まってしまうようで、男性はやや困惑した顔になった。


建物に入る前のところには段差があって、プラスチックの短いスロープのようなもの(あれはなんという名前なのだろう)が置いてある。


おばさんは、自力でいけると踏んで車輪を手で漕いだが、スロープの手前で引っかかって進めずにいた。


男性は足でドアを押さえたまま車椅子に手を伸ばすが、届かない。


これが、僕が道を曲がった時の大体の状況である。


何十秒もその状況の把握のために立ち止まって見ていたわけではない。


一瞬のことである。




さて、実は、この状況にはもう1人の登場人物がいる。


角を曲がった僕と、ビルのおばさんとのちょうど中間地点のガードレールに腰掛けていたおじさんである。


おじさんは、作業着のような服に身を包み、太いタバコを吸っていた。


このおじさんが、僕の逡巡の間に、僕よりも先に動いた。


しかし、その動き出しがまた、僕の頭を悩ませた。


おじさんは、吸っていたタバコを地面に投げ落とし、足でグリグリと火を揉み消して、おばさん元へ向かったのである。


おばさんは、ビルを向いていて、つまりおじさんに背を向けた状態だったので、何事もなく、気恥ずかしさを併せ持った感謝の表情を浮かべた。


ビルのドアを押さえていた男性は、おじさんがタバコを揉み消してから来たのを見ていたので、複雑な表情を浮かべた。


しかし、男性にとっても、どうやってビルに入ろうかと困っていたところに、すぐに助けが来たという事実に変わりはなく、やはり感謝の表情を浮かべた。


おじさんは、「よいしょっと」と威勢のよい声を出して、車椅子をビルの中まで押し込んだ。




さて、僕はというと、足を止めることはせず、ゆっくりと歩き、もしもなにか追加で手が必要なことがあればいつでもいけます、という体勢を作りながら、ちょうどおじさんが車椅子を押し込んだ辺りで、そのビルを通り過ぎたのだった。


通り過ぎて、結局、僕の出る幕はなく事態は収束した。




歩きながら、考える。


僕はなにもしなかった。


おじさんは、タバコを捨ててマイナス1、人を助けてプラス1、のはずだ。


だから、プラスマイナスゼロのはずだ。


僕の「なにもしない」という行為が0という判定であれば、これは、両者イーブンということになる。


しかし、テレサ先生が言う、愛の反対が無関心なのであれば、僕もマイナス1で、僕の負けだ。


テレサ先生の教えも、疎かにしてはいけない権威をまとっていて、無視できない。


やはり僕の負けか。


少なくとも、僕の勝ちはなさそうで、悔しい気持ちになる。




地面の上で力なく潰れていた、あのタバコが忘れられない。


おじさんの愛は、短くなったタバコではなく、車椅子のおばさんに向けられたわけだ。


おじさんのグリグリによって中央で曲がったタバコは、痛そうだった。




ふと、そんな状況や登場人物のことを、その場を通り過ぎてもなお考え続けている自分の博愛は、プラス1にならないかと思いついた。


タバコにまで思いを馳せている博愛ぶりだ。


VARで検証してもらって、僕に追加でプラス1の判定がなされてほしい。


そうすれば、僕が勝ちという結果に持ち込むこともできないことはない。




…いや、無理だろうな。


「そんなことで博愛とか思ってる時点で、あと自分のことを博愛主義みたいに主張する時点で、邪念が入りまくっちゃっているのでダメです」という判定だろうな。



人に優しくなりたい。


この辺で擱筆。

写真は「せっかくなら「販売してルンです」にしてほしかったな。」