【飛鳥・酒船石遺跡】神社でもお寺でもない!?『日本書紀』に登場する謎の施設
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コロナ禍に見舞われ大変な一年となった今年(令和2年)ですが、『日本書記』編纂から1300年という節目の年でもありました。興味深いことに、『日本書紀』によれば、古代日本も疫病に見舞われていたことがうかがえます。
コロナの終息を願い神社・寺院へ足を運んだ方も多いと思いますが、『日本書紀』にも疫病を鎮めるために神社がそれなりの役割を果たしていたことがうかがえます。
『日本書紀』には現在でも多く人が足を運ぶ伊勢神宮や出雲大社などの神社をはじめ、飛鳥寺や法隆寺などの寺院も登場します。その一方で、神社とも寺院とも言い難い謎の宗教的施設に関する記述があります。
奈良県明日香村には酒船石(さかふねいし)と呼ばれる謎めいた石造物があり、酒船石遺跡と呼ばれています。この石造物がなぜつくられたのかは諸説ありますが、なんらかの宗教祭祀を行っていたものと考えられます。
ここではその謎について、『日本書紀に秘められた古社寺の謎』(神道学者・三橋健編、ウェッジ刊)から見ていきます。
『日本書紀』に、神社ではなく、また明らかに仏教寺院でもない、謎めいた宗教的施設が登場することはご存じでしょうか。
斉明(さいめい)天皇2年(656)是歳(ぜさい)条によると、この年、斉明天皇は田身嶺(たむのみね/奈良県桜井市南部の多武峰〈とうのみみね〉)に垣根をめぐらし、頂上にそびえる二本の槻(つき)の樹のそばに「両槻宮(ふたつきのみや)」と名づけた「観(たかどの)」を建てています。両槻宮は「天宮(あまつみや)」とも呼ばれたようです。
画像①斉明天皇
斉明天皇。孝徳天皇の崩御後、62歳のとき、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)で再び皇位に即いている(『御歴代百廿一天皇御尊影』)
「両槻宮」とは、はたしてどんな建物だったのでしょうか。「宮」がつくことからすれば、天皇の離宮のようなものか、お宮つまり神社の一種を思い浮かべるところですが、『日本書紀』では、それは「観」であるとわざわざことわっています。
では、「観」とは何でしょうか。この字には貴人が物見をするための高い建物、楼台(ろうだい)の意味がありますが、それとは別に、「道観(どうかん)」の略称の意味もあります。「道観」とは中国の民族宗教である道教の祭祀場・修行道場のことで、つまりは道教寺院です。
そのため、斉明天皇が建てた両槻宮を道観とみる説があります。この説をいち早く唱えたのは大正から昭和にかけて活躍し、「国史大系」の校訂も手掛けた著名な歴史学者の黒板勝美氏です。
日本における道教研究の先駆者となった福永光司氏もこの見方を支持し、両槻宮の異称「天宮」は道教教典などに登場する用語で、神仙が赴く天上世界の宮殿のことだとも指摘しています(『日本の道教遺跡』)。
松本清張が唱えたゾロアスター教の神殿説
両槻宮は史書上では『続日本紀(しょくにほんぎ)』の大宝(たいほう)2年(702)条を最後に現れなくなります。おそらく荒廃してしまったと考えられます。
その正確な場所は不明で、遺跡などの発掘も行われていませんが、多武峰の高所からは北側に飛鳥の中心部を望むことができます。その南には古代の宮廷人が仙郷として憧憬した吉野(よしの)があります。
道教はさまざまな信仰・思想が習合した宗教ですが、その核となっているのは不老長生をめざす神仙術です。日本に伝来した時期は、仏教のようには明確にされていませんが、渡来人などを介して飛鳥時代に流入していたとしても不思議ではないですし、新奇なことを好んだ女帝・斉明が神仙術に興味を示したことも考えられます。
両槻宮と関連しているとされる酒船石遺跡の1つ。花崗岩で亀の足や尻尾が造形されている。
ちなみに、作家の松本清張は小説『火の路』のなかで、両槻宮をゾロアスター教の神殿と結びつけるユニークな説を披露しています。『日本書紀』には斉明朝にゾロアスター教徒のペルシア人とも考えられる異国人が来日していたことを示す記事もあるので、この説も荒唐無稽の珍説として片づけるわけにはいかないでしょう。
酒船石遺跡の1つ。酒か薬をつくる施設だったという説がある。
――「酒船石遺跡」については、『日本書紀に秘められた古社寺の謎』(ウェッジ刊)の中でも取り上げています。本書の中では、このほか伊勢神宮や出雲大社をはじめ、今年で編纂1300年を迎えた『日本書紀』の舞台となった30の古社寺を謎解き風に紹介。全国主要書店およびネット書店でもお買い求めいただけます。