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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

太陽王12-王は踊るジャン・バティスト・リュリ

2020.12.10 11:14

フランスではオペラよりもバレエが人気だった、何せあの太陽王ルイ14世がバレエでアポロンを踊ったのだから。そしてその太陽王の宮廷で寵愛を受けたのがジャン・バティスト・リュリである。彼はフィレンツェ生まれだが、フランスで音楽の教育を受けて、ルイ太陽王に気に入られた。

リュリは踊り手兼作曲家として王と同じ舞台に立つこともあった。そして1661年、宮廷音楽監督に任命された。そしてイタリアオペラが上演されるとそれにも影響され、またモリエールの喜劇にも音楽をつけ、彼らは「二人のバティスト」よ呼ばれるほどのコンビになった。

ところが、モリエールが当たらず、支払いをめぐって二人の仲は険悪になり、73年にモリエールが舞台で亡くなったとき、リュリの仕業という噂もたったらしい。そして70年からは太陽王もバレエを踊らなくなり、リュリはオペラに関心を寄せていくのである。

しかし、彼は「両刀使い」で、1685年王の小姓に手をつけたことが太陽王の不興を買う。おりしも王は、その頃の寵姫マントノン夫人の影響で、宗教心に目覚めつつあった。そして彼は、87年、王の病気快癒のため「テ・デウム」を指揮していたところ、指揮杖を足に打ってそれがもとで亡くなった。

下はリュリの生涯の映画「王は踊る」よりルイ14世のアポロン