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臍帯とカフェイン

「さよなら、流星都市。」(2:3:0)

2023.05.17 00:23

【配役】

夏海:なつみ・女性

朱里:あかり・女性

朱里母:あかりはは・女性

落合:おちあい・男性

本郷:ほんごう・男性(アナウンサー役兼任)


夏海:(M)見上げても星のひとつも掴めない

夏海:(M)そんな夜空じゃ。

夏海:(M)部屋の中に閉じこもってるのとなんら変わりない。

夏海:(M)誰かに蓋をされて、

夏海:(M)身動きも、叫ぶ事も許されず。

夏海:(M)そんな、暗い部屋にいるのとなんら変わりない。

夏海:(M)そう言って、はにかむ貴方は吸いかけの煙草を爪弾き(つまはじき)、

夏海:(M)何かを覚悟したかのように、すく、と立ち上がると

夏海:(M)振り向きもしないまま、私に告げるのだ。

演出:(少しの間をあけて)

本郷:無駄な抵抗はやめて出てこい!落合(おちあい)!

落合:うるせえ!!そっちが要求を飲むならすぐに人質は解放するって言ってんだろうが!!!

夏海:(M)今朝は、なんとなくベッドから出るのが気だるくて。

夏海:(M)いつもは点けない朝のニュース番組を見ながら

夏海:(M)布団の中で着替えをするという怠惰(たいだ)をぶちかました私は。

夏海:(M)大物演歌歌手の不倫騒動や、今日の夜に2万年に一度の流星群が降る話、くだらないファッションチェックのコーナーや、今話題の家電の紹介。

夏海:(M)なにもかもスッキリしない頭で、ぼーっと情報だけを流し聞きしていく。

夏海:(M)ああ、あとは一番印象に残ったのは3年前にとんでもない事件で捕まった、暴力団の組長が明日の朝、死刑になるってこと。

本郷:くっそが……こちら現場の本郷!!

本郷:あいつの出してきてる要求はなんとかなるのか!

本郷:なに!?難しい!?

本郷:ふざけるな!

本郷:いま目の前で!人が一人殺されそうになってんだぞ!

本郷:相手はあの、草腹(くさはら)組、狂犬と名を馳せた若頭(わかがしら)の落合だぞ!?

本郷:やつはやるときはやる!!

本郷:上層部の頭でっかちの無能な老害どもが首を縦に振らねえんなら

本郷:ぶん殴ってでも首を振らせろ!!!

落合:(M)(一呼吸、間を置き)

落合:(M)もう、やってやるしか無いと思った。

落合:(M)この機会を逃せばもうどうにもできない。

落合:(M)俺は、今、動くしかなかったのだ。

落合:(M)それからの行動は早かった。

落合:(M)車とエモノを用意し、一番目立つ駅前通りで女を人質にとった。

夏海:(M)そういえばこの、私に拳銃を突きつけてるこの人も、なんとなくヤクザっぽい。

落合:(M)思いのほか大人しく着いて来たこの女を、大立ち回りしながら逃げ続けること二時間半。

夏海:(M)そろそろ日も暮れて来る頃だ。

落合:(M)たどり着いたこの発電所で、籠城(ろうじょう)をしている。

夏海:(M)私は無事に帰れるんだろうか。

落合:(M)そう簡単にこいつを解放してやるわけに行かない。

本郷:落合ぃ!!!!その女性を早く解放しろ!!!!!

夏海:(M)私はここで死ぬのだろうか。

落合:(M)絶対に。要求を飲ませてやる。

夏海:(M)まぁ、そうなったとしても構わない。

夏海:(M)私はもう、どうでもいいんだ。

演出:(少しの間をあけ)

朱里:(M)このアルコール臭くて、天井の低い、狭い病室の小窓からは

朱里:(M)嫌味ったらしく、街の賑わいがすべて一望できて。

朱里:(M)このまま日が落ち、夜になればイルミネーションやネオンのひとつひとつが、私のことを笑っているかのように、煌々(こうこう)とこの空を照らすのだ。

朱里母:……朱里。

朱里母:本当に、受けないの?……手術。

朱里:……しつこいな。もういいんだよ。

朱里:成功率だってそんなに高いわけじゃない。

朱里:もし成功して、この足が治ったところで、私に何があるっていうの?

朱里母:……朱里。

朱里:ほっといてよ。もうそもそも生きる気力なんて無いんだから。

朱里母:……。(声を押し殺しながら静かに泣く)

朱里:やめて、ここで泣かないでよ。

朱里:そんな事されても私の気持ちは変わらないし。

朱里:……正直、もううんざり。

朱里母:う……うぅ……。

朱里母:私の、私のせいよね……。

朱里母:あなたが苦しんでるとき、私は貴女を更に追い詰めてしまった……。

朱里:やめてって言ってるじゃない!

朱里:そうやって同情を買おうとしたって無駄!

朱里:もう私はこの腐りかけた足じゃ、うまく踊れない!あの時みたいに、高く跳ぶこともできない!

朱里:それを今更?なに?手術?

朱里:もう飛べなくなったあの日から、私は死んでるんだよ、お母さん。

朱里:(M)そう、もう私には何も無い。

朱里:(M)幼少期から厳しく指導を受け、ようやく様になってきた私のバレエは。

朱里:(M)私の細胞によって奪われ、私自身によってその息の根を止められた。

朱里:(M)足にずっと違和感を抱えたまま、何度母に相談をしたことだろう。

朱里:(M)聞く耳を持たない母は、練習を怠けたい私のわがままなのだと、その声を一蹴した。

朱里母:女手ひとつで、貴女と向き合ってきた……。

朱里母:厳しくしすぎてきたのも、わかってる……。

朱里母:でも……何度だって立ち上がる事はできるはずじゃない……。

朱里母:その為にも、生きて欲しいのよ……私は……私は……だって、たったひとりの娘なんだもの。

朱里:……出てって。

朱里母:朱里……。

朱里:出てってよ!!!

朱里:(M)きっと、この足をそのままにしておけば

朱里:(M)いずれ私は死ぬのだろう。

朱里:(M)まぁ、そうなったとしても構わない。

朱里:(M)私はもう、どうでもいいんだ。

演出:(少しの間をあけ)

本郷:くそ……本部は何してんだ!!!

本郷:やつの要求のタイムリミットまで、もう時間がねぇんだぞ!!!

本郷:(M)この、今まさに発電所に盾籠って(たてこもって)いる落合という男は。

本郷:(M)俺が長年追いかけていた、いわば因縁の相手だった。

本郷:(M)血溜まりの跡を辿れば、必ずそこに落合がいる。

本郷:(M)3年前の、草腹組と真淵(まぶち)組の抗争では、多くの構成員を殺(や)り、組を壊滅にまで追いやった。

本郷:(M)あまりにも大きくなってしまったその争いに、遂には組の長(おさ)まで引きずり出され、結果逮捕にまで至っている。

本郷:(M)しかし、この落合だけは、捕まえる事が出来なかった。

本郷:(M)どうやって逃げたのか、隠れていたのか、全く分からない。

本郷:(M)とにかく、奴は鼻がきくのだ。

本郷:(M)その落合が、今、目の前で、一人の女性を人質に盾籠って(たてこもって)いる。

本郷:(M)……やつは、やる時はやる。

本郷:(M)絶対に、殺させはしない。

演出:(少しの間をあけ)

落合:……なあ。あんた。

夏海:……はい?私ですか?

落合:あんた以外いないだろう。

夏海:ああ、まぁたしかに。

落合:やけに落ち着いてるな。怖くないのか、あんた。

夏海:うーん……非現実的すぎて、あまりピンと来ていないのかも知れません。

落合:そういうもんなのか。

夏海:わかりません。こんな状況のときどう反応すればいいかなんて、知恵袋にも載ってないでしょうし。

落合:……まぁ、たしかに。ちげえねえ。

夏海:……やっぱりヤクザの方です?

落合:……まあな。

夏海:……要求、飲んでくれるんですかね、警察は。

落合:……飲んでもらわねえと、困る。

夏海:……それはやっぱり、タイムリミットがある、的な。

落合:ああ、そうだ。

夏海:……やっぱり、ヤクザって義理人情の塊、なんですね。

落合:……?まぁ、義理堅いとは言われるな。

夏海:(M)私は今朝聞き流していたニュースの言葉を思い出していた。

夏海:(M)この落合という男、ヤクザの割になかなかどうして話が通じる男で。

夏海:(M)凶悪犯と人質、という異質なこの関係のなかで、何故か私たちは落ち着いて話をしていた。

落合:ほう。それで嬢ちゃんは、学校のいじめが嫌になっちまって、今日死のうとしていた、と。

夏海:そうなんですよ。なんかふと「あ、今日は死ぬにはいい日だなー」って起きがけに思いまして。

夏海:どうやって死のうかなー?なんて考えながら歩いてたら……

落合:俺に拉致された、と。

夏海:ええ、その通りです。

落合:ついてないな、嬢ちゃん。

夏海:あなたがそれ言います?

落合:……ぷっ。

夏海:……くっ……ぷふふ。

落合:ちげぇねえわ、ははっ。

演出:(少しの間をあけ)

朱里:……なんにもない。

朱里:(M)何度、自分の人生というページをめくろうと

朱里:(M)そこに価値なんてものはなく。

朱里:(M)ただ母の傀儡(くぐつ)となり、がむしゃらに跳び続けた。

朱里:(M)ただそれだけの日々だった。

朱里:(M)時折、小さい頃に別れた父からは新品のシューズや、花束が贈られてくる。

朱里:(M)母はそれを見る度に、苦虫を噛み潰したような顔で、父の悪行を述べるのだ。

朱里母:あの人はね、朱里。

朱里母:私たちのことなんてこれっぽっちも考えてなかった。

朱里母:それもそうよね、あの人は堅気じゃないもの。

朱里母:あんだけ大きな組織、担いだまま

朱里母:私たちを大切にすることなんて出来やしないもの。

朱里母:いいの、いいのよもう。

朱里母:ね、朱里。母さんと二人で頑張ろ。

朱里母:大丈夫、一緒に暮らしていける。

朱里母:ね、朱里。

朱里:(M)その父からのプレゼントも、三年前からぴたりと止まった。

朱里:(M)母は一時、とても荒れたが、そもそもが毎日荒れているような印象であったために。

朱里:(M)さほど、変わりがないようにも思えた。

朱里母:朱里。父さんのことは忘れなさい。

朱里母:最初から居なかったのよ。

朱里母:最初から……あんなやつ。

朱里:(M)どうやら私たちの暮らしは、そのほとんど顔も覚えていない父からの振込により

朱里:(M)成り立っていたようだった。

朱里:(M)それから、一層母は厳しくなっていった。

朱里:(M)ぼんやりと点けた病院のテレビでは、今日の流星群のニュースと

朱里:(M)明日ついに、刑が執行される死刑囚の話で番組が盛り上がっている。

本郷:(本郷役兼任)専門家の植松さんをお招きしての解説となりました。さあ、三年前に大きな反響を読んだ、草腹組事件。鹿骨町(ししぼねちょう)の住民の方々にもインタビューをしました。VTRをご覧ください。

朱里:(M)名前や声をフィルターに掛けられた匿名の「怖い」だの「はやく死ね」だのの感想が、スピーカーから止まない。

本郷:(本郷役兼任)……え、あ、はい。わかりました。VTRの途中でしたが臨時ニュースです。現在、鹿骨町中央発電所にて立て篭もり事件が発生しているようです。現場との中継が繋がっております。現場の内田さん、お願いいたします。

朱里:(M)くだらない。

朱里:(M)私はテレビの電源を消すと、いやらしく光始めた街の灯りを睨みつけ、布団に潜り込んだ。

演出:(少しの間をあけ)

落合:くそ……人が集まりはじめたな。

夏海:なんかすごいですね。警察以外にもマスコミとかも集まってるんですよね、きっと。

落合:……くそ。

夏海:……どうせ要求が叶えられないならさ、おじさん。

落合:……なんだよ。

夏海:捕まる前に私の事、殺してよ。

落合:あ?

夏海:いいじゃん、なんか、悲劇のヒロインみたいでさ。かっこいい。

落合:(夏海をなぐりつける)

落合:ふざけんな。

夏海:いてて……殴らなくてもいいじゃん……。

落合:何があったか知らねえ。

落合:今日会ったばかりのお前が、どんな人生を歩んできたかなんて知りもしねえし、知りたくもねえ。

夏海:……。

落合:だけどな、いいか、嬢ちゃん。

落合:死ぬってのはな、そう簡単にいかねえんだよ。

落合:殺すってのはな。そう簡単じゃねえんだ。

落合:誰かの手で楽に死のうなんて、思うな。口に出すな。

落合:自分の落とし前は、自分でつけんだよ。

落合:生きるとしても、死ぬとしても。

落合:その重大な責任を、誰かの手に委ねんな。

夏海:……おじさんが言えたことなの?それ。

落合:俺はいいんだ。堅気じゃねえからな。

夏海:ずるくない?そんなの。

落合:うるせえ。自分で死ぬことも出来ねえならな、今は少なからず死ぬ時じゃねえんだよ。

夏海:……。

落合:いずれ、嫌だと思ってたって人は死ぬんだ。俺も、お前もな。

夏海:……うん。

落合:ならよ、人生なんてもんはそもそもおまけみてえなもんなんだよ。

夏海:おまけ?

落合:そう、おまけ。

夏海:おまけ……か。

落合:そんな、お菓子のおまけみてえなくっだらない物のために、今、死ぬことはねえんだよ。

落合:生きても死んでもくっだらねえんだ。

落合:なら、生きてることが、その、なんだ、いじめてきた奴らへの仕返しにもなんじゃねえか。

夏海:……おじさん、なんかそういうの、下手だね。

落合:うるせえ!人が一生懸命慰めてやろうと思ったのに!

夏海:あ。慰めだったのか。

落合:もう、絶対いわねえ。

夏海:ごめんって!!

夏海:でも、そっか、おまけか。

夏海:おまけだってんなら、せめてさ。

落合:ん?

夏海:なんか、良いおまけだったなーって、思いたいかもね。確かに。

落合:……そうだな。

夏海:ヤクザもさ、いいこと言うじゃーん。

落合:うるっせえ。

夏海:……おじさんもさ、おなじ?

落合:あ?

夏海:そのおまけの人生を、良いものにしようとしてるから、こんな事してるの?

落合:……まあ、そうだな。

夏海:それで誰かを傷つけることになっても?

落合:それが、覚悟だからな。

夏海:覚悟って?

落合:たった一つの為に、それ以外のすべてを捨てること、だ。

夏海:……おじさんだってさ、死んでもいいって思ってるでしょ。

落合:……目的のためならな。

夏海:全然言ってること矛盾じゃん!

落合:俺はもう、沢山殺して、奪ってきたからよ。

夏海:……。

落合:ここらで終止符は、打たんとな。

夏海:……だからって、だからってさ!

落合:なんだよ。

夏海:おじさんが身を呈して、あんなやつを助けなくてもいいじゃん!

落合:あんなやつとはなんだ。

夏海:だって、ヤクザの組長でしょ!?

夏海:明日死刑になる、あの組長を助けようとしてるんでしょ!?

夏海:確かにヤクザは義理人情っていうけどさ

夏海:あんなクソ親父助けることないじゃん!!!今更解放させようなんてさ!

夏海:あんな人のこと人とも思わず、最低な人間をさ!!!おじさんのがよっぽど善人だよ!!!!

落合:……は?なんの話だ、それ。

夏海:え???

落合:俺が?あの組長の解放を?なんで?

夏海:え???違うの???

落合:あのなあ。明日処刑されるのは真淵組。

落合:敵対する組の組長をなんで助ける。

落合:俺は草腹組の若頭だぞ。

夏海:え……?

落合:うちの親父はとっくに死んだよ。

落合:まあ俺も相当殺った。捕まれば刑は免れねえな。

夏海:は……?じゃあなんでこんな事……

落合:ん?それはな……

演出:(少しの間をあけ)

本郷:……もうタイムリミットまで1時間ねえぞ。

本郷:……はい、こちら本郷。

本郷:いい。要求が飲めない、という連絡ならもう飽きた。

本郷:あの落合が、だぞ。

本郷:あの狂犬と、恐れられた

本郷:誰にも捕まえることのできなかった

本郷:あの落合が。

本郷:たかだか「街の灯りを消せ」という要求で

本郷:投降すると言ってるんだぞ!!!

本郷:ただそれだけで、人質の命が助かるってのに

本郷:警察という組織は、そこまで体裁を気にするのか。

本郷:嘆かわしい……。もう切るぞ。

本郷:仕方ない。強行突破しかあるまい。

本郷:第一隊から第三隊……突入の準備をしろ。

本郷:リミットギリギリで……突入する。

演出:(少しの間をあけ)

夏海:(M)見上げても星のひとつも掴めない

夏海:(M)そんな夜空じゃ。

夏海:(M)部屋の中に閉じこもってるのとなんら変わりない。

夏海:(M)誰かに蓋をされて、

夏海:(M)身動きも、叫ぶ事も許されず。

夏海:(M)そんな、暗い部屋にいるのとなんら変わりない。

夏海:(M)そう言って、はにかむ貴方は吸いかけの煙草を爪弾き(つまはじき)、

夏海:(M)何かを覚悟したかのように、すく、と立ち上がると

夏海:(M)振り向きもしないまま、私に告げた。

落合:よし、もうだめだ。時間がない。

夏海:ど、どうすんの……。

落合:夏海。お前さっき言ったな。

夏海:え?

落合:おまけの人生をよいものにしたいって。

夏海:い、言ったけど。

落合:ひとつ、頼まれちゃくれねえか?

夏海:え……?

演出:(少しの間をあけ)

本郷:合図を待て!

本郷:……いいか、さん!に!いち!

本郷:突入!!!!

本郷:落合!!!そこまでだ!!!!!

本郷:人質を解放……し……ろ……?え?

落合:本郷。すまねえな。もう人質は解放したんだよ。

落合:言わなくて悪かったな。

本郷:お、おまえ……なにをしようとしている……?

落合:おお。後できちんと捕まってやるからよ。悪いけど、これだけはやらせてもらうぜ。

本郷:ど、どういうことだ……?

演出:(少しの間をあけ)

朱里:(M)最低の夜空だ。

朱里:(M)最低の人生だ。

朱里:(M)私はこれから、感動することもなく。

朱里:(M)誰かを感動させることもなく。

朱里:(M)身も心も腐ってゆく。腐っていこう。

朱里:(M)消したはずのテレビから、誰かの笑い声が響いてきているような気がする。

朱里:(M)街のネオンは着々と電源が入り、

朱里:(M)私のことなんて関係ないみたいに。

朱里母:ちょ。ちょっと、貴女なに?なんなの?!いきなり!警察呼ぶわよ!

夏海:いいから退いて!!そこを通してください!!!

朱里母:か、看護師さん!!警備員さん!!きて!!変な女が!!!

夏海:朱里ちゃん!!!!朱里ちゃん!!!いるんでしょ!!!そこに!!!

朱里:な、なに……?

朱里母:きゃあっ。

夏海:(M)私は走った。そりゃもうとてつもない距離を走った。

夏海:(M)肺が膨らむのがわかった。

夏海:(M)足が痙攣(けいれん)するのがわかった。

落合:(M)見上げても星のひとつも掴めない

落合:(M)そんな夜空じゃ。

落合:(M)部屋の中に閉じこもってるのとなんら変わりない。

落合:(M)誰かに蓋をされて、

落合:(M)身動きも、叫ぶ事も許されず。

落合:(M)そんな、暗い部屋にいるのとなんら変わりない。

夏海:(M)だから。

落合:(M)だから。

夏海:(M)今日しかないんだって。

落合:(M)今日しかないんだ。

夏海:(M)私は走った、おじさんの最後の為に。

落合:(M)くだらない事ばかりの連続だった、俺の人生は産まれた時が最上で。

夏海:(M)おまけみたいな人生だった。

落合:(M)あとは全部おまけみたいなもんだった。

夏海:(M)そのおまけみたいな人生を。

落合:(M)その、おまけみたいな人生を。

夏海:(M)少しでも、

落合:(M)少しでも。

落合:ましなもんにしてぇんだよ!!!なあ、本郷!!!!!!

本郷:や、やめろ落合!!!!!

夏海:朱里ちゃん!!!落合朱里ちゃんだよね!!!

朱里:だ、誰ですか!?あなた!!

朱里母:な、なんなのもう!!!

落合:朱里!!!!夏海!!!!きちんと見とけ!!!!!!!

本郷:総員、退避!!!!退避!!!!!!

夏海:(M)ぼん、と小さく。

夏海:(M)発電所の方から小さな破裂音が聞こえた。

夏海:朱里ちゃん!!早く!!窓!外!!見て!!!

朱里:(M)言われるがまま、私は外に目をやる。

朱里:(M)そこには、大嫌いだった街のネオン、イルミネーションはすべて消え失せ。

夏海:(M)ただただ、真っ黒になったこの街と

朱里:(M)その代わりに、まるで宝石箱をひっくり返したみたいな

夏海:(M)満天の星空が。

朱里:(M)どこまでもどこまでも続いていて。

夏海:(M)手を伸ばしたら、届いてしまうかもしれない。

朱里:(M)そんな光景が、目の前には広がっていた。

夏海:……はじまるよ、朱里ちゃん。

朱里:……え?

夏海:流星群。二万年に一度なんだって。

朱里:……どうして。

夏海:見せたかったんだってさ。

夏海:あなたに。

夏海:最高の流星群。

朱里:……お父さん?

夏海:……うん。

朱里:(M)たった一分五十秒の奇跡だった。

夏海:(M)降り注ぐその流れ星達は、淡く光りはじめ、燃え尽きながら強く発光し

朱里:(M)この街を、青白く、ゆるやかに、照らした。

夏海:(M)それは、

朱里:(M)それは、

夏海:(M)まるで火の粉みたいに

朱里:(M)まるで世界のはじまりみたいに

夏海:(M)燃え続け

朱里:(M)産まれつづけ

夏海:(M)天井を消してしまった。

朱里:(M)そのたった一分五十秒の奇跡を

夏海:(M)私は、

朱里:(M)私は、

夏海:(M)忘れない。

朱里:(M)……忘れない。

演出:(少しの間をあけ)

夏海:……東京の、鹿骨町(ししぼねちょう)から来ました。

夏海:真淵(まぶち)、夏海と言います。

夏海:分からないことだらけで、迷惑をかけるかも知れないですが、よろしくお願いします。

夏海:(M)私は、生きてみることにした。

夏海:(M)いや、生きてやることにした。

夏海:(M)この、おまけみたいな人生を。

夏海:(M)産まれた瞬間が最上で、あとはおまけみたいな

夏海:(M)そう、まるで流れ星が光って、消える時みたいに。

朱里:……うん、お母さん?

朱里:大丈夫、ちょっと、怖いけど。

朱里:うん。頑張れるよ、わたし。

朱里:仕事、忙しいでしょ。いいの。

朱里:うん、頑張ってくるね。大丈夫。

朱里:(M)私は、生きてみることにした。

朱里:(M)ううん、生きてあげることにした。

朱里:(M)窮屈な、狭くて、閉じ込められた部屋みたいな

朱里:(M)そんな世界でも、流れ星みたいに生きることだって

朱里:(M)できるのかもしれない。

夏海:(M)あの日の、

朱里:(M)奇跡みたいな、

夏海:(M)そんな一瞬だってありえてしまうのだから。

朱里:(M)それにしても、とんでもない体験をしたものだ。

夏海:(M)もし、このおまけの人生にタイトルを付けるなら

朱里:(M)それは、間違いなく。

演出:(少しの間をあけ)

夏海:「さよなら、流星都市。」

朱里:「さよなら、流星都市。」

演出:(最後の夏海と朱里のセリフは、合わなくてもいいので同時に話し始めてください。)