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Adolescence

東雲 薫(2話)

2020.12.10 14:54

「はぁ〜」


翌日の昼休み。薫はため息をつきながらお弁当の包みを広げた。

クラスメートは食堂で昼食を取る人が多いので、教室に人はほとんど残っていなかった。


「どしたん?」

向かいに座っている愛莉がコンビニで買ったパンを頬張りながら尋ねた。

「いや昨日変な時間に寝ちゃったから早く起きちゃって。ねむ…」

そう答えて小さくあくびをする。

「ふーん、じゃあ今日提出のレポート課題もやってない?」

小さなおにぎりを食べながらさよがさらりとそう聞いた。


「え?」


薫は凍りつく。


「うわぁ〜っそれ今日までだっけ!?忘れてた〜!」

「あはは、薫ってしっかりしてそうなのに忘れっぽいよねー」

愛莉が笑いながらバンバンと机を叩いた。

それを見て薫は「愛莉はやってきたのね…」とつぶやいた。

課題の提出を忘れることの多い愛莉を仲間だと思っていた自分を情けなく思った。


急いでお弁当を机の端に寄せ、レポート用紙と課題のプリントを広げ、取り掛かる。


「え〜わかんないわかんない…」


しかし焦って取り組むほど、何も頭に文章が思い浮かばなかった。

「スマホ使って調べなよ〜」

愛莉が机の端に置いてあったロックをつけていない薫のスマホのホームボタンを押した。

慣れた手つきでブラウザを開く。


「ん?」


すると突然愛莉はスマホの画面を顔に近づけて凝視した。


「え?」さよが後ろから画面を覗き込む。


「ちょっと何?ロックかけてないからって勝手に開かないでよ〜」薫も身を乗り出し、上から画面を覗き込んだ。


そこに開かれていたのは、アイドルオーディション情報のサイトだった。


「えっ!?」


身に覚えのないサイトに薫は凍りつく。

それは昨日薫が気づかずに間違えて開いたサイトだった。


…どうしよう…


アイドルになりたいということを知られてしまった。

今まで嘘をついていたことがバレた。

引かれてしまうかもしれない。

いつまでも夢見すぎと笑われるかもしれない。


怖い。


どう言い訳をしようか、必死に頭をフル回転させていたその時。


「薫やっぱりアイドルなりたいんじゃん!」


愛莉が目を輝かせて薫の顔を見た。


薫は思わず「え」と間抜けな声をこぼした。


「え〜もうなんだよ早く言ってよ〜!恥ずかしかったの?うちら応援するって言ってんじゃん〜」


そう言いながらまるで自分のもののようにスマホを操作する。


その姿を見て、薫はふっと心が軽くなった気がした。


「…ばれちゃったかぁ」


そして諦めた様子で小さく微笑んだ。


「私ね、本当はずっとアイドルになりたかった。でもね、それを誰かに打ち明ける勇気も、オーディションを受ける勇気もなかった。失敗したり日常が変わったりするのが怖かったんだ」


愛莉がスマホから目を離した。さよも薫の目をじっと見つめている。


「でも…今こうして思わぬ形でそのことを知られちゃったけど…思ったよりこわくない」


少し俯き気味に話していた薫はぱっと顔をあげた。


「何もしないで恐れていたって始まらないよね…私、自分の夢に素直になっていいのかな?」


そう尋ねると、今まで黙っていたさよがそっと薫の手を両手で握った。


「薫。何事も挑戦だって、うちのおじいさまもよく言ってくれたわ」


すると愛莉もその上から手を重ねる。


「そうだよ、まずはやってみなきゃ!悩むのはその後でいいんじゃない?」


「…ありがと。私、アイドル目指してみるよ」


薫は力の抜けた様子で笑った。ずっと隠していたものがなくなって安心したようだ。

そんな薫に愛莉がスマホの画面を顔の前に突きつけた。


「ふふん。薫さん薫さん。さっき見つけたこれなんてどう?」


得意げに鼻をちょいちょいと撫でてそう言った。

そこに映し出されていたのは小さな事務所のオーディションページだった。


「選ばれるのはたったの7名…アイドルになりたいあなた、今の自分を変えたいあなた、応募してみませんか…」


さよがゆっくりとそう読み上げる。

「ね、薫にピッタリじゃない?」

愛莉がニカっと微笑む。

薫はオーディションページをしばらく読んでから答えを出した。


「うん…これ受けてみようかな」


「よっしゃーー!」

愛莉がぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「薫の初オーディションね。私たちにもやれることがあったら言ってね」

大声で本人より大盛り上がりの愛莉をよそにさよが優しくそうささやいた。

「うん、ありがとう!」

薫は嬉しそうに微笑んだ。


さよはそれを確認してからポンと薫の肩を叩いた。

「その前に薫。また何か忘れてない?」


「え…あ!」


薫は慌てて机の上を整理してシャーペンを握った。


「課題〜っ!あっあっあとお昼ご飯も…わ〜んもうすぐ昼休み終わっちゃう〜!」


半泣きでペンを必死に走らせる。

愛莉はがんばれ、と薫の頭を撫で、さよはやれやれと言わんばかりに肩をすくめたのだった。