Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

粋なカエサル

「ギリシア神話と名画」1 ヴィーナスの誕生

2020.12.14 04:19

 愛と美の女神ヴィーナスを描いたもっとも有名な絵画はボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」(ウフィツィ美術館)だろう。しかしこの絵画は、誕生の場面を描いたものではない。海で生まれたヴィーナスが、西風に吹かれてキプロス島の浅瀬に漂着した場面だ。誕生直後を描いた作品といえば、有名なのはアングル 「泡から生まれるヴィーナス」(コンデ美術館 シャンティイ)やカヴァネル「ヴィーナスの誕生」(オルセー美術館)。衝撃的なその誕生の秘密は、そこに描かれた白い泡。「ヴィーナス」とはローマ神話の「ウェヌス」の英語名。ギリシア神話では「アプロディテ」。そしてその名前は、「アプロス」(白い泡)に由来する。では何が衝撃的かと言うと、この白い泡、実は男根(ペニス)から湧き出たものなのだ。

 話は、ギリシア神話の天地創造にまでさかのぼる。ヘシオドス『神統記』はこう記述している。

「まず初めにカオスが生まれた。つづいて広大な胸をもつガイア(大地)が、すなわち、雪を戴くオリュンポスの頂きに住まう八百万の神々の、永遠に揺ぎない御座たるガイアが生まれた。・・・さてガイア(大地)は、まず初めに、自分と同じ大きさのウラノス(天)を生んだ。」

 世界の土台となるガイアは、自分の力だけであらゆるものを生み出す力を持っていた。そこでガイアは、ガイアは男女の交わりをもたずに独力で男神の天空ウラノス、山々、男神の海ポントスを生み出した。その後ガイアは、息子ウラノスと交わりティタン神族12神(男神6神と女神6神)を産む。さらにガイアは2組の三つ子を産むが、これがとんでもない怪物だった。最初に生まれた3人のキュクロプス(円目)は、額の真ん中に大きな丸い目を持つひとつ目の巨人で、次に生まれたのは3人のヘカトンケイル(百手)は、50の頭と100本の腕を持っていたのである。ウラノスは彼らを見るや、その奇怪な姿を嫌い、生まれたばかりの子らを縛り上げると、地底奥深くへと閉じ込めてしまう。

 このウラノスの仕打ちにガイアは激怒。ガイアはアダマスという固い金属を生むと、それを使ってギザギザの刃のついた巨大な鎌を作った。そしてその鎌で父親に復讐するように息子のティタンたちに命じたのである。そのとき名乗りを上げたのが、末弟ながら知恵も力も兄より勝っていたクロノス。クロノスは母に言われた通り、母の側に隠れ待ち伏せした。するとウラノスがガイアに会いに来て、彼女に覆いかぶさろうとした。とそのときである。クロノスは左手を伸ばしてウラノスの性器をぐっとつかむや、右手で持っていた鎌で切り取って海へ投げ捨てた。

 血まみれの男根は海を漂い、海水と混じりあい、陽光にあたって白い泡(アプロス)となり、そこから金髪の美女が誕生した。アプロディテ=ヴィーナスの誕生である。つまり、ヴィーナスには母親はなく、父の精液だけから生まれたのだ。愛と美の女神ヴィーナス誕生はこのように衝撃的なものだったのだ。ボッティチェリのヴィーナスの表情は決して陽気で明るいものではない。そこはかとない悲しみ、憂いが伝わってくるのも、その誕生の仕方に由来するのだろう。

 泡に包まれて誕生したヴィーナスは、その後キプロス島に漂着。彼女が大地に足を踏み入れた途端、その地には美しい花が咲き乱れ、緑草が茂ったと言われる。

 その後ヴィーナスは、ホライ(単数形:ホーラ)と呼ばれる3人姉妹の季節の女神に案内され、天井の神々の元へ向かった。彼女を一目見た神々は、あまりの美しさに目を奪われ、彼女を奪い合ったという。

アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」1863年 メトロポリタン美術館

アングル「ヴィーナスの誕生」ルーヴル美術館

ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」ウフィツィ美術館

ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」部分 顔

カルル・フリードリッヒ・シンケル「ウーラノスと踊る星々」ベルリン工科大学建築美術館

 ウラノスとその子供たちの頭の上には、星マークが描かれている。

ジョルジョ・ヴァザーリ「クロノスに去勢されるウラノス」ヴェッキオ宮殿 フィレンツェ