初めから覚醒している
そもそも、この世界へ自我というツールを持って来ること自体
すこぶる象徴的で素晴らしいなと感じるのです。
それを使って初めて、自分という個を見出すことができて
誕生の際に決めてきた、ブループリントの超えるべきテーマである
障害、困難、苦難、ということを感じることができるのです。
それを感じられるのって、本当に自我=思考だけですから。
そうやって自分で決めたテーマで
準備万端で障害や苦難を感じ
思考や行動の傾向を規制して、動きにくくして
苦しみや恐れという体験をするのです。
それは、それに気づく、超えるという
ただそのために起こされてきますから
自我って機能は、本当に凄いと思うのです。
ところで気づきは
いつどんなときでも、ここに在ります。
気づきの無い人はいません。
気づきとは、純粋な意識そのもので
それはどうしたって初めから覚醒していますから
つまり皆、初めから覚醒していることです。
この微妙な感覚は、あまりに当たり前すぎるために
また、言葉ゆえに、文章では伝わりにくいのです。
人はみな、それぞれに独自の解釈と思い込みをもっていて
それを目の前に投影して見ていますから。
純粋な意識ってどんなだろう・・・
見性体験って、光やワンネスを体験するって言うし
きっと何かすごいことが起こるに違いない。
自分もそういう体験をしてみたい。
でも、ちょっと怖いような気がして、踏み切れない。。
そんな感じの人は多いと思うのですが
そう言っているのも、全部が自我である頭のおしゃべりです。
それにどうぞ、気づいてくださいね。
それが本質の自己を覆い隠すベールのようなものです。
そちらにのめり込んでいる限りは
頭の声を鵜呑みにしている限りは
決して気づくことのないのが、この本質の自己です。
いつでもそれは、あなた自身に違いないのですけどね。