「ギリシア神話と名画」7 ヘラクレスの怪力
ヘラクレスは弓の名手で、ギガントマキアでもゼウスらオリュンポスの神々の勝利に大いに貢献。しかし、ギリシア神話では弓の名手はアポロンやアルテミス(ディアナ)もいる。ヘラクレスの特徴といえば、何と言ってもその怪力。いくつかのエピソードに表現されている。
美術作品の中でヘラクレスはつねに筋骨たくましい裸体の男性として、手に太く突起のある棍棒もしくは弓を持ち、上半身にライオンの毛皮をまとい、ときには頭にライオンの頭部の毛皮をかぶった姿で表現される。このライオンの毛皮は、ヘラクレスが18歳になった時、付近の牧場で牛を襲ったキタイロン山のライオンを50日間にわたる狩りのすえに退治し、その皮を剥いで身にまとったものとされる。ただし、別の説もある。名高い「ヘラクレスの12の難行」の中、「ネメアのライオン」のものとする説だ。このライオン、なんとゼウスがその支配権確立の過程で戦った大怪物テュポンと蛇女エキドナの間に生まれた猛獣。不死身で、ヘラクレスが放った矢も突き刺さらない。ヘラクレスはライオンを洞窟に閉じ込め、腕をライオンの首にまわして絞め殺した。
「12の難行」以外のエピソードだが、「巨人アンタイオスとの戦い」にもヘラクレスの怪力ぶりがうかがえる。アンタイオスは大地の女神ガイアと海神ポセイドンの子で、通りかかる旅人にレスリングを挑んでは相手を殺し、その持ち物を奪い取ってポセイドンの神殿に捧げていた。ヘラクレスは彼と戦ったが、いくら相手を投げ飛ばしても、ねじ伏せても、相手の身体が地面につくたびに母の大地から新しく力を得てますます強くなるのに気がついた。そこでヘラクレスはアンタイオスを高々と宙に抱え上げ、地面に触れないようにしたまま絞め殺した。
しかしヘラクレスの怪力ぶりを何よりも語っているのは「12の難行」の中の「ヘスペリデスの園の黄金の林檎」のエピソード。ヘラクレスは、世界の西のはずれにあるヘスペリデスの庭園から、黄金の林檎をとってくるようにエウリュステウス王(「12の難行」を命じた王)から命じられた。ヘスペリデスはティタン神族のアトラスの3人の娘で、彼女たちが番をする庭園には、ゼウスとヘラの結婚を祝って大地の女神ガイアから贈られた不死を得られる黄金の林檎の木が植えられており、大怪物テュポンと蛇女エキドナの子で百頭の竜ラドンが常に眠らずに見張っていた。
ヘラクレスは西に向かって旅だったが、その庭園がどこにあるのかがわからない。ただ「海の老人」ネレウスだけがその正確な場所を知っていると聞いたので、ヘラクレスは老人と格闘の末にやっと庭園のありかを聞きだす。ただし、アポロドーロスは全く異なる伝説を伝えている。ヘラクレスは、人間に火の使い方を教えたためにゼウスに罰せられてカウカーソス山に縛り付けられていたプロメテウスを救い出して、助言を得たとしている。
ヘラクレスは多くの困難や敵と戦いながらついにアトラス山脈の麓にたどり着く。巨人アトラスはかつてティタン神族のひとりとしてオリュンポスの神々と戦い、その怪力でゼウスたちを最後まで苦しませた。そのため他の神々のようにタルタロスに閉じ込めるくらいでは足りないほどアトラスを憎んでいたゼウスは、特別な罰をあたえる。大地の西の果てに立ち、頭と両肩で天が落ちないように、未来永劫天空を支え続けるという過酷な役目を命じたのである。
このアトラスにヘラクレスは、「もし彼が娘のヘスペリデスのところへ行って黄金の林檎をもらって来てくれるならば、彼の留守中は自分が天空を背負っていよう」と申し出たのだ。アトラスは喜んでヘラクレスの提案をうけいれ、早速ヘスペリデスの庭園に行き、娘たちから林檎をもらって戻ってきた。アトラスは再び天空を担うのが嫌になり、自分が直接林檎をエウリュステウス王に届けようと言い出す。あわてたヘラクレスは、機転を利かせ、肩を入れ替える間だけ代わってくれと偽って再びアトラスに天空を背負わせ、無事に林檎を手に入れることができた。
ただし、これについてもヘラクレスがラドンと自ら戦って黄金の林檎を手に入れたとする説もある。ヘラクレスは、ラドンの口の中に蜂の巣を投げ込み、ラドンは蜂に口の中を刺されて倒されたとか、ラドンの弟のヒュドラの毒のついた矢によって倒されたとされる。
エドワード・バーン=ジョーンズ「ヘスペリデスの園」ハンブルク美術館
ラドンは、小さな蛇として描かれヘスペリデスが強調されている
フレデリック・レイトン「ヘスペリデスの園」レディ・リーヴァー美術館
ポッライウォーロ「ヒュドラと戦うヘラクレス」ウフィツィ美術館
典型的なヘラクレスのいでたち
ルーベンス「ヘラクレスとネメアのライオン退治」
アントニオ デル ポライウォーロ「ヘラクレスとアンタイウス」バルジェロ美術館 フィレンツェ
ニコラ・ベルタン「プロメテウスを解放するヘラクレス」バーミンガム美術館
グエルチーノ「天球を支えるアトラス」 バルディーニ博物館
「アトラス」ナポリ国立考古学博物館
「アトラスに代わって宇宙を背負うヘラクレス」
天球をヘラクレスに渡すアトラス
「ヘラクレスに黄金の林檎を差し出すアトラス」 オリュムピア美術館 ゼウス神殿メトープ 女神アテナが片手を天に添えてヘラクレスを加護している
「怪獣ラドンと戦うヘラクレス」ロサンゼルス・カウンティ美術館
マルコ・マルケッティ「怪獣ラドンと戦うヘラクレス」ヴェッキオ宮殿 フィレンツェ