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さようなら、銀座〜高みの定義〜

2020.12.20 12:36

※画像は下記


今日は、今年最後の通院。

年末で銀座院が閉院になるので、今年1月に私が半泣きで駆け込み寺してからずっとお世話になってきた先生と、最後の診察。

いつもどおりの、問診。

私は自分の話をするのが、心底苦手だ。

もっと言うならば、自分の感情を話すのが苦手だ。

「つらい」と言うのはいけないことだし、それを少しでも匂わせると不正解な気がしてしまう。

かまってちゃんだと思われてしまうのでは?という不安もあり、確実に伝えた方が良いであろう出来事も症状も、伝える事ができない。

本当につらいと思っていても、いつも口を噤む。

仕事中、高いところから落ちて肉離れを起こして、びっこを引いてでないと歩けなかった時も、言い出せずにニコニコ定時まで仕事を続けていた。

いつもいつも、周りの反応や都合を深読みして、自分自身のリタイヤの判断ができない。

そうやって、少しずつおかしくなっていく。

自業自得なのは百も承知で、心がどこかおかしいのも重々分かっている。

だから、心療内科に通っている訳なのだが。


今日は、

「さむくて睡眠時間が長くなってしまったのですが、昼間はきちんと起きるようにしています。」

と伝える事が出来た。

私より少し年上かなといった比較的若いツーブロックの先生は、

「そうですよね、さむいですよね。」

と笑った。

さむいですね、と私も笑った。

笑い合ったのは初めてだった。

だって深刻な顔しないと、と思っていて。

病人は病人のフリしていないと、なんだかわからない、生きてちゃいけない生き物になりそうで。

でも、本当のこと話していいんだなって、最後の最後に、少し思った。

嘘を吐いていたわけじゃなく、話さなかっただけなのだけれど。

やっぱり、言葉にしないと伝わらないのだな。

病人なのだから"つらいです"という顔をしなければと思いつつ、本当に"しんどい"と述べるのは私の根本的なところが許さなくて。

本当、我ながら、なんて困った人間なんだろう。

今までありがとうございましたという言葉だけは言おうと決めていて、きちんと伝えることができた。

がんばった、私。

よくやったぞ、私。

もう月に2回、銀座に通う事も無くなる。

7年勤めて、1年通院した、銀座。

来年から行く病院に不安が無い訳じゃないけど、つべこべ言わずに前を向かなくちゃ。

さようなら、銀座。

いままで本当に、お世話になりました。

新宿でベルクに寄った。

すごく久しぶり。

お昼に呑むのも、久しぶり。

ベルクは新宿東口にある安くて美味しいファストフード店。

ランチもあったけど、ほんの少しだけ安く済むのでプレーンドッグ単品と生ビールにした。

「ケチャップとマスタード、かけない方がおすすめですがどうしますか?」

と聞かれ、そうしてくださいと答える。

ああ、本当は、マスタードだけたっぷりが好きなのだが。

完全に流れに乗ってしまった。

本当に、自分の意見を言うのが苦手。

パッと自分の考えを提示できる人、本当に尊敬する。

ビールとプレーンドッグを食べ終え、食器を返却口へ戻して店を出る。

プレーンドッグはなにもかけなくても確かに美味しかった。

これはこれで良かったな。

ごちそうさまでした。

ビール一杯だけで終えるなんて滅多に無い事なのだが、今日こそ洗濯物をせねばと帰路に着く。

アルコールの作用を1ミリも感じないが、きっと少しくらいは、心を緩めてくれているんだと思う。

ふと、常に酔わないくらいに呑み続けていたら、気持ちも楽なのかなと思ってみた。

でもそれは大学時代に試して、手が震えて幻覚まで見えたのだったと思い出し、即却下。

何事も、程度問題か。




先日、あるライブハウスに紹介しますよとお話を戴いた。

私は伺った事が無いが、とても有名なので店名は勿論存じ上げているし、音楽的にすごくこだわりがある印象のお店。

周りの弾き語りのお友達も多く出演している。

音楽を演っている人間として、すごくありがたいお話。

なのだが、今の私にはまだ気持ち的に厳しいと思い、お断りした。


この間無善寺のマスターである無善菩薩に、

「じゅんじゅん2月13日空いてる?ツーマンどう?」

と聞かれて、空いていますと応えた。

その時に、

「お客さんとか、気にしなくて良いから。プライベートライブだと思ってくれればいいからさ。」

と言われて、あーやっぱりここがいい、と思った。

私は、たくさんの期待とか希望とか、掲げるつもりが元から無くて。

だから、背負う必要もないと、最近やっと気付いて。

勿論、お客様の事をぞんざいにしていいという意味では無い。

私は、ただただ黙々と、私に出来得る目の前のことを、山奥の木こりみたく続けていきたい。

それを、許してくれる場所がある。

それを許していてくれる人たちが、居る。

こんなに幸せな事が、果たしてあるだろうか。

新しい場所でより高みを志すという幸せもあると思う。

でも今は、無善寺でSEIYUののり塩ポテチを食べながら、みんなと笑って過ごす明日が良い。


"ミュージシャンは皆、大きなステージを目指し、より多くのお客さんを動員するべきだ"

というのは、正論ではあるが、正解では無い。

私の中で表現者の強さは、どれだけ己を掘り下げ真摯に対話してきたかだと思っている。

現に私の尊敬する方々は、売れている方もいるし、売れていない方もいる。

だからといって、私が受け取るエネルギーは、変わらない。

だって心を磨いてきた、珠玉の表現者なんだもの。

ライブハウスへ足を運ぶお客様は、表現者と観客という立ち位置ではあれど、大切にしている心の置き所が、とても近くにあると思う。

全て含めて、そういう方達と、より文化的な、それでいて他愛もない日々を過ごしていたい。


私は自分の話をするのが、心底苦手だ。

もっと言うならば、自分の感情を話すのが苦手だ。

でも、だけど、私が私である為に、絶対に守らなくちゃいけない部分がある。

そういうところは、そこだけは、絶対に守らなくちゃ。

不戦勝とまでは言わないけれど、譲れないところは、きちんとリタイヤしていかなくちゃなんだ。

中村一義も言っていた。

「僕は死ぬように生きていたくはない。」

きちんと、死ぬために、きちんと生きなくちゃ。

明日も明後日も、生きていかなくちゃ。