嗅覚と自閉スペクトラム症
以前、私達は抗菌アロマテラピ-研究会主催のセミナ-で、嗅覚検査の実習をしたことがあります。その結果、アロマに親しんでいる方は正答率が高いということと、年齢に従い嗅覚はかなり低下する(60歳代でほぼ半減)ことが分かりました。嗅覚の低下は、認知症やパ-キンソン病の初期に既に始まることや、インフルエンザや新型コロナなどのウイルス感染症でもおきます。今回は、自閉スペクトラム症における嗅覚の特徴をご紹介します。
自閉症は、神経発達障害のひとつで、対人関係、コミュニケーション、興味の範囲の3つの場面に障害を持つことが知られています。自閉症の境界を明確に区切ることは難しく、類似の傾向はさまざまな幅があるため、近年では「自閉スペクトラム症」と呼ばれることが多いようです。この対人関係が苦手、強いこだわりといった特徴をもつ発達障害は、早ければ1歳半の乳幼児健康診査でその可能性を指摘されることがあるそうです。最近の調査では子どものおよそ20~50人に1人が自閉スペクトラム症と診断され、男子に多く、女子の約2~4倍という報告もあります。
どうして自閉スペクトラム症になるのか、その原因は不明ですが、近年、生まれつきの脳機能の状態によるものと考えられています。育て方が悪いとか、しつけの問題とか過去には思われていたことがありますが、そうではありません。これまでの多くの研究から親の育て方やしつけ方などが原因ではないことが明らかになっています。
自閉スペクトラム症では、匂い、音、光など感覚刺激に対する反応に特徴があることが知られています。自閉スペクトラム症児は、黄色が苦手で緑色や茶色を好む傾向があることも知られています。黄色は生理的に刺激の強い色彩であることと関係していると考えられます。また嗅覚についても異常が知られており、たとえば特定の匂いが気になって乗り物に乗れないとか、特定の匂いを嗅ぎ続けることがあります。女性の嗅覚は鋭敏なせいか、嗅覚や味覚の異常反応は、男児より女児の方が重症度は高いといわれています。嗅覚検査では、一般児に比べ自閉スペクトラム症児は、オレンジの正答率が高く、クロ-ブの正答率が低いという特徴もあるそうです。
自閉スペクトラム症におけるこの嗅覚異常は、脳における情報処理のどのような段階に特徴を持つのか明らかにされていませんでした。最近、東京大学大学院農学生命科学研究科と国立精神・神経医療研究センターの研究者達は、高密度脳波計を用いて嗅覚誘発時の脳波の評価を行い、自閉スペクトラム症者と健常者における、匂いを嗅いでいる際の脳活動の時間的・領域的違いを明らかにしました。
自閉スペクトラム症者の脳活動は、匂いが呈示されてから542ミリ秒以降において健常者と大きな違いが生じ、その違いは脳の特定領域の活動に由来することが推定されました。自閉スペクトラム症者の嗅覚処理の時間変化を詳細に検証したのは初めてです。自閉スペクトラム症者の嗅覚特性は、健常者と異なることが報告されていましたが、この研究により嗅覚誘発の脳波検査において明確に異なることが示されたことで、今後病態の理解が深まり、より適切な支援の足掛かりとなることが期待されます。(by Mashi)
・梅咲くや障子に猫の影法師(小林一茶)
梅の香りが漂い、障子には猫のシルエットが映っている平穏な早春である。
参考文献:Toshiki Okumura et al., Individuals with autism spectrum disorder show altered event-related potentials in the late stages of olfactory processing. Chemical Senses (2019) DOI : 10.1093/chemse/bjz070