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cha-bliss

思惟 お茶に求めるのは 2

2020.12.21 08:20

自分を救済

なるほど

ある人が言った言葉がストンと腑に落ちた

それを言った人は、音楽をやっている人で、自分が音楽をするということを考えた時に、そう思ったのだそう。

音楽によって、違う世界に浸ることができる。

勿論、それが自己表現のひとつになっているということで、自分というものを出してゆくことができるというのもあるけれど、根本にあるのは、音楽によって、今ある環境から別の世界へゆくことができ、そのことが自分の救済であるということ。


お茶をするのも、淹れるという行為に集中したり、何を淹れるか考えたり、そのお茶を飲むことで、いろいろなことをリセットしたり

何より、不思議とお茶を口にするときは、それまでと違う時間が流れるような気がするするのだ。

違う時間

それこそが、救済なのだろか

お茶をしながら、いろいろなことを考える

それも救済なのだろう。



コロナ前の自分にとってのお茶は、表現のひとつであった部分が大きいが、誰かに向けてではなく、自分に向けたお茶を楽しむことで、違うことを見出せたような気がする。


お茶をするということは、私にとっては逃げ場でもあり、再出発のときでもあり、救いでもあり。

日々、そんなお茶のときが積み重なってゆくというのは、とても贅沢だろう