使徒的書簡「パトリス・コルデ」[試訳](2)
神の母マリアの次に、彼女の夫ヨセフほど、教皇の教導職の中で大きなスペースを占めている聖人はいません。わたしの前任者たちは、福音によって伝えられている少しの事実の中に含まれているメッセージを深めました。救いの歴史における、ヨセフの中心的役割をより強調するために:福者ピオ九世はヨセフを「カトリック[普遍]教会の保護者」と呼び[2] 、尊者ピオ十二世は「労働者たちの保護者」として [3]、聖ヨハネ・パウロ二世は「あがない主の守護者」として[4] 示しました。キリストの民は彼を「良い臨終の擁護者」として嘆願します 。[5]
ですから、福者ピオ九世が、1870年12月8日に「カトリック教会の保護者」と宣言してから150年を迎えるにあたって、わたしは、イエスが言うように、「口が心から溢れ出ることを語る」(マタ12・34参照)ことを望みます。あなた方と共に、わたしたち一人ひとりの人間の状態にひじょうに近い、この並外れた姿についての個人的ないくつかの考察を分かち合うために。そのような望みは、このパンデミックの時期に大きくなりました。わたしたちを襲っている試練のただ中で、わたしたちは経験しています。「わたしたちの人生は、通常忘れられている普通の人々によって織りなされ、支えられていることを。彼らは、新聞や雑誌の見出しにも、最近の『ショー』の『キャットウォーク』にも現れれませんが、疑いもなく、今日、わたしたちの歴史の決定的出来事を書いています:医者、看護師、スーパーの店員、清掃員、運転手、警察、ボランティア、司祭、修道者、そして、誰も一人では救われないことを理解している他のたくさんの人々。[…]どんなに多くの人が、パニックではなく、共同責任を広めるよう留意しながら、毎日忍耐を行使し、希望を吹き込んでいるでしょうか。どんなに多くのお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、先生たちが、わたしたちの子供たちに、日々の小さなジェスチャーで、どのように試練と向き合い、それを乗り越えるかを示しているでしょうか。習慣を適応させ、まなざしを上げ、祈りを促しながら。どんなに多くの人が、すべての人の善のために祈り、捧げ、執り成しているでしょうか」 [6]。誰もが聖ヨセフの中に見出すことが出来ます:気づかれずに通り過ぎる人、控えめで隠れた、日常的に存在する人、執り成す人、困難の時における支え、導きを。聖ヨセフはわたしたちに思い起こします。一見隠れている人や、「第二線」にいる人たちみなが、救いの歴史の中で比類のない中心的役割を担っていることを。彼らすべては、認められ感謝されるに値するのです。
[2]S. Rituum Congreg., Quemadmodum Deus (8 dicembre 1870): ASS 6 (1870-71), 194.
[3]Cfr Discorso alle ACLI in occasione della Solennità di San Giuseppe Artigiano (1 maggio 1955): AAS 47 (1955), 406.
[4]使徒的勧告『救い主の守護者聖ヨセフ』(1989年8月15日)。
[5]『カトリック教会のカテキズム』1014。
[6]Meditazione in tempo di pandemia (27 marzo 2020): L’Osservatore Romano, 29 marzo 2020, p. 10.