東雲 薫(3話)
「じゃあ、ここでお別れだね」
薫は長い間引いていたスーツケースと一緒に足を止めた。
地元から5駅ほど離れた、新幹線の通る大きな駅前。
振り返ると、目の前には愛莉とさよが立っていた。二人とも優しく微笑んでいる。
9月の末の土曜日の朝。
薫は今日、この町を出て上京するのだ。
あれから約半年と少し。
薫は初めてのアイドルオーディションの最終審査まで合格し、7人の1人に選ばれたのだ。
しかし、活動の拠点は東京。
地方に住むメンバーは皆上京しなければならない、それがオーディション応募時の条件だった。
「いや〜高校生活もあと少しなのにさー。薫がいなくなっちゃうのは寂しいわぁ」
愛莉がにやつきながらため息をつく。
「だから、本格的な活動はちゃんと卒業してからだって。今は少しだけお休みをもらって引っ越しとかお披露目とかするのっ卒業まではここで暮らすから!」
薫がもう何度目だと呆れながら説明する。
「とりあえず一緒に卒業はできるんだからいいじゃない」
さよが涼しげな顔で髪を耳にかける。
「うーん、そっかそっか!じゃあ全然寂しくないじゃーん!なんだよー!」
愛莉がゲラゲラと笑いながらなぜかさよの背中をバシバシと叩いた。
「いったぁ…」さよが顔をしかめる。
「まあ、そういうこと。だからお見送りなんてよかったのに」
薫が苦笑いをすると、さよがにやりと口角を上げる。
「なに言っているの。親友のひとつの門出よ?立ち会わなくちゃ」
「そんな親みたいな…」
そんな会話をしていると、10時を告げる駅のチャイムが鳴った。
「あっ、もう行かなきゃ…」
薫が切符と時計を交互に確認する。5分後に発車する新幹線で東京に向かうのだ。
「そういうことだから二人ともありがとう、また学校で…」
薫が早口でそうまくしたて、慌てて改札へ向かおうとしたその時。
「薫!」
いつも必要以上の音量で話さないさよの、大きな声が聞こえた。
「がんばれよー!」
愛莉のいつも通りの大きすぎる声も続いた。
2年半、毎日のように聞いていた声。
薫は数秒立ち止まり、深く深呼吸をした。
二人のいる方へ振り返ると、大きく手を振っていた。
その姿をしっかり目に焼き付ける。
「…ありがとう!」
薫は二人に負けないくらい、大きな声でそう言った。
両手で思い切り手を振る彼女は、これまでにないほどの笑顔だった。