「ギリシア神話と名画」13 ヘルメス(2)冥界への道案内役
天性の狡猾さ、口のうまさを持ち、自分の竪琴と盗んだアポロンの牛を物々交換したヘルメスは商業の神となる。ヘルメスが持っている杖「ケリュケイオン」は、一般に欧米では商業の紋章として用いられることが多いが、日本においても一橋大学(前身:東京商科大学)の校章として用いられている。
ヘルメスの性質や才能は、神々の使者としてもうってつけだった。彼は神話の中で主役を演じることは少ないが、使者としての役回りでしばしば登場する。例えば、ゼウスの命を受けてパンドラを地上に届けたり、英雄ペルセウスにメドゥーサ退治に役立つハデスの兜(被ると姿が見えなくなる特殊能力があった)を与えたり、またトロイア戦争の発端となった「パリスの審判」の際には、3人の女神たちを審判者パリスのもとへ案内している。
また、ヘルメスは霊魂を明快に導く、死者の案内人でもあった。そのため彼は冥界と現世とを自由、自由に来でき、英雄ヘラクレスが難行のひとつ(冥界の番犬ケルベロスの生け捕り)として冥界へ行った時や、音楽家オルぺウスが冥界にいる妻のエウリュディケを探しに行った時、また冥界の王ハデスに略奪され、冥界の女王となったプロセルピナが母デメテルと再会する時に彼らに付き添っている。
しかし、ヘルメスの才能を最も活用したのはゼウス。そのためにこっそりマイアと交わって誕生させたのだから当然だ。ゼウスは、秘密の指令のほとんどをヘルメスに任せた。特に、自分の恋愛トラブルにおいてヘルメスの力を借りている。正妻ヘラの復讐を阻止するために、ヘラの目から逃れさせるために牝牛に変身させたイオを監視するヘラの使者アルゴスの殺害や、ヘラによって焼き殺されたセメレから生まれたディオニュソスの保護などをヘルメスに託した。
【ジャン・アロー「メルクリウスによって地上に運ばれるパンドラ」】
プロメテウスは天から火を盗み出し人間に与えたが、それを知ったゼウスはプロメテウスを罰しただけでなく、人間も罰した。そのために作られたのがパンドラ。パンドラは、人間に災いをもたらすため、男を惑わす存在として、ゼウスの命を受けてオリュンポスの神々によってつくられた。そしてこの美しい悪女は、神からの贈り物として、プロメテウスの弟エピメテウスのもとにヘルメスによって届けられた。
【パリス・ボルドーネ「ペルセウスを武装させるメルクリウスとミネルヴァ」】
ペルセウスの頭にハデスの兜をかぶせている左の男のがメルクリウス。ケリュケイオンの一部からそれとわかる。
【ルーベンス「パリスの審判」ロンドン・ナショナル・ギャラリー】
3人の女神は、左からアテナ、アフロディテ、ヘラで、それぞれ武具、愛の神エロス、孔雀が見分ける目安となっている。座っているパリスの後ろにいるのが、パリスのもとに女神たちを案内したヘルメス。
【ガエターノ・ガンドルフィ「ケルベロスと戦うヘラクレス」】
ヘラクレスの後ろに描かれているのがヘルメス
【エデュアルド・カスパリデス「オルぺウスとエウリュディケ」】
「オルフェウスの冥界下り」にもヘルメスは登場。オルフェウスが死んだ妻を生き返らせるため、冥界の王ハデスと妃ペルセポネの元へ向かう時オルぺウスを導いたのがヘルメス。冥界を出る直前、約束を破って後ろを振り向いてしまったために、エウリュディケは永久に冥界の世界に戻されてしまう。絶望するオルぺウスと冷静に事態を眺めるヘルメスの表情が対照的で印象に残る作品。
【フレデリック・レイトン「プロセルピナの帰還」リーズ美術館】
プロセルピナが母デメテルと再会する場面。そこまでプロセルピナを案内したヘルメスが描かれている。
【ルーベンス「ヘルメスとアルゴス」アルテ・マイスター絵画館 ドレスデン】
ヘラによってアルゴスに監視されているイオ(ヘラの復讐から守るためにゼウスによって牛の姿に変えられた)を解放するためにゼウスによって遣わされたヘルメスは、笛の音でアルゴスを眠らせる。
【ルーベンス「ヘルメスとアルゴス」プラド美術館】
眠ったアルゴスのくびをはねるヘルメス
【マーカス・タッシャー「幼子バッカスをニサのニンフに託すメルクリウス」スウェーデン国立美術館】
ゼウスがセメレと交わって生まれたディオニュソスは、ヘラの復讐から逃れて育てるため、ヘルメスによってニサのニンフのもとに届けられた。
一橋大学 校章