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東京寫眞帖

池上本通

2020.12.26 14:21

大森に買い物に出かけた帰り、なんとなく歩きたくなって、駅前の人混みを抜けて池上本通をふらりと大井町方向へ。

駅前は狭い歩道がバス停も兼ねていて、バス待ちの人やら駅に向かう人やら、これだけ狭いにも関わらず自転車で走り抜ける人やらで、わりと危険。

けれど、ジャーマン通りとの交差点を過ぎれば人通りはめっきり減って、急に人の気配のなくなった幅広のゆるい坂道をのんびり歩くことができる。

道端には赤く色づいた紅葉に燃えるようなドウダンツツジ。スマホを構えようとしてやめた。

この光の加減も、色合いの鮮やかさも、目で見るようには写し取れない。


通りにはポツリポツリと昔風の商店の構えをした建物があって、昭和趣味の私の琴線に触れてくるのだけど、なんかこう、あまりにまばらすぎて、心が動くというほどでもなく…

もはや昭和に食傷していて、偉そうにも、いちいち写真に収めるほどでもないなんて思っているのか…

とかなんとか、ツラツラ思いながら歩いていたら、通りの向かいにまた昭和なビルが。


四階建てのビルは、隣の妙なファサードの建物と相まって、そこだけ時間が昭和に巻き戻った感じだった。

で、いったん通り過ぎたけれど、見逃しにできず、また戻って写真に撮ってみた。


道端で、撮ったばかりの写真を確かめる。

なかなか思うようには撮れないもので、けれどこれはこれで記憶のよすがになるからいいか… と思い直したら、やっぱりさっきの紅葉も撮っておけばよかったなあ、と後悔しきり。

紅葉はまた来年も見られるかもしれないけれど、いまここで、この空気、この日差し、この色合いで見る紅葉はこれきりなんだよなあ。

撮らないことで、というか、撮れなかったことでかえってあの紅葉は自分の心の中に深く刺さってしまった。どこかの名刹の立派な庭園でみる豪華な紅葉ではない、ふつうの街路樹だったのに。


通り沿いの鹿島神社に手を合わせてまたしばらく歩く。

大井町が近づいてきたところで、向こうの通りに、板張りの家を発見。

こういう家ももうめったに見かけなくなってきた。

最近は窓の少ない箱のような家が多いけれど、あれで息が詰まったりしないのだろうか。


通りの終点は大井三ツ又の交差点。

向こう側の信号の下に御堂が見える。

昭和どころか一気に江戸だ。

こういう建物がちゃんと残って守られているのはなかなかいいな、と思いつつパチリ。

道は数百年の時を生き残り、人はその上を行き交う。自分もまた、この道を歩いた数多の人たちのひとり。