悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー (マヤコフスキー叢書)本ダウンロード無料pdf
悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー (マヤコフスキー叢書)
悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー (マヤコフスキー叢書) は マヤコフスキー によって作成されました 各コピー1047で販売されました. Le livre publié par 土曜社 (2014/7/20). Il contient 96ページ pages et classé dans le genre genre. Ce livre a une bonne réponse du lecteur, il a la cote 4.1 des lecteurs 1. Inscrivez-vous maintenant pour accéder à des milliers de livres disponibles pour téléchargement gratuit. L'inscription était gratuite.
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悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー (マヤコフスキー叢書)本ダウンロード無料pdf - 内容紹介 きみたちにわかるかな、 なぜぼくが嘲りの嵐のなか、平然と、 自分の魂を大皿に載せてモダンな食事の席へ運ぶのか ラフマニノフの退屈から逃げ出したマヤコフスキーと友人ブルリュックが意気投合した記念すべき夜。声を上げたロシア未来派の旗手として、奇矯な言動で「社会の趣味をなぐる」青年マヤコフスキーが書き下ろした20歳の第一戯曲。演出・主演を詩人自身がつとめ、ルナパルク劇場を鈴なりにした観衆に「穴だらけになるほど口笛で野次られた」とされる問題作。商業出版の道なく、わずか500部が友人ブルリュックの手で世に出た不穏な二幕の悲劇がここに。 出版社からのコメント 今までに、だれかが、どこかで、 人間の考えを、こんなふうに、 人間にあるまじき自由な空間で遊ばせた例があったか! ――悲劇全体が置換と変身のめまぐるしい連続である(アンジェロ・リペッリーノ、詩人) ――この悲劇の題名はヴラジーミル・マヤコフスキーだ。この題名は、詩人が作者ではなく詩の対象として、一人称で世界に呼びかけるという、天才的な単純さを発見したことを、背後に秘めていた。この題名は、作者の姓名ではなく、作品の内容を示していたのである(ボリス・パステルナーク、詩人) ――こんな本を読んでいる方におすすめします ロートレアモン『マルドロールの歌』1869年初版 ドストエフスキー『悪霊』1873年初版 マヤコフスキー『悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー』1914年初版 マヤコフスキー『ズボンをはいた雲』私家版、1915年 大杉栄『日本脱出記』アルス、1923年 小笠原豊樹訳『マヤコフスキー詩集』彰考書院、1952年 小笠原豊樹・関根弘訳『マヤコフスキー選集』飯塚書店、1958年 小笠原豊樹編訳『マヤコフスキー研究』飯塚書店、1960年 大江健三郎『日常生活の冒険』文藝春秋社、1964年 ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』1966年初版 小笠原豊樹『マヤコフスキーの愛』河出書房、1971年 リペッリーノ『マヤコフスキーとロシヤ・アヴァンギャルド演劇』河出書房、1971年 スコリャーチン『きみの出番だ、同志モーゼル』草思社、2000年 小笠原豊樹『マヤコフスキー事件』河出書房新社、2013年 商品の説明をすべて表示する以下は、悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー (マヤコフスキー叢書)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
マヤコフスキーの第一戯曲の小笠原豊樹氏訳。新訳とのことだが、旧訳は読んでいない。小笠原氏他による全三巻の「選集」(1958年)には収録されておらず、選集のはしがきには、本戯曲は未翻訳とされているので、その後に翻訳出版されたもののようだが、確認できなかった。というわけで、今回の出版で、はじめて本戯曲を読ませていただいた。たいへんありがたい。本戯曲は、水野忠夫氏「マヤコフスキイ・ノート」では、かなり重要視され、現行版(新版)の184頁から206頁までの23頁にわたって、引用付きで論じられている。(第三詩集「戦争と世界」は、五か所に各一行程度で、題名だけ・・たぶん)それで、本戯曲は、1913年12月にマヤコフスキーの演出、主役で上演されており、その時の大反響は、水野本にも、本書訳者メモにも詳しく書かれている。本としては1914年3月に出版され、これは「ズボンをはいた雲」出版の前の年である。本戯曲は形態的にはもちろん戯曲であるが、活字になったものを読むと、長編詩に近く、まあ、いつものマヤコフスキー節(マヤコフスキー音頭?)である。戯曲の内容は、水野氏本に詳しく分析されていて、参考になるが、ちょっとおおげさ、情念過多分析のようにも思える(マヤコフスキー自体がおおげさ、情念過多であるが)。本書訳者メモは6行ほどで本書内容をまとめており、それによれば、第一幕は二重の反乱(人の反乱、物の反乱)による「置換と変身」だらけの世界であり、第二幕(短い)は、反乱失敗後の主人公の旅立ちである。本戯曲の感想。すばらしい。たいへん気に入った。理由は、マヤコフスキーの本としては「かわいらしい」「かわいい」からである。もちろん、マヤコフスキーはその後の詩集同様に、世界に向かってシャウトしているのであるが、それほど激烈ではなく、それほど反抗的でも、妄執的でもなく、それほどスーパーマン的でも、猛ダッシュ、猛転換でもなく、初期の都会抒情詩の名残を残して、「かわいらしい」のである。たとえば、本戯曲の重要なキーワードは「キス」であるが、太陽が魂にキスしたり、私が枕木にキスしたり、踊りが私にキスしたり、キスに耳が生えて、ソファに寝そべったり、しまいにはキスが大量生産されて、在庫過多になったり、とてもかわいらしく、楽しい。そのほかにも、魂が部屋着を着て、お茶を出してくれたり、黒猫を擦りまくったり、屋根の上で煙突が踊ったり、箪笥が酒に酔ったり・・まあ、難しくいえば「事物の反乱」ということになるのだろうが・・暗鬱さはなく、基本的に、モダンで、明るく、楽しいのである。訳者メモの感想訳者メモの2頁分がマヤコフスキーの女性関係(つまり愛人たち)に当てられている。あまり頁数がないので、名前だけ羅列し、あとは「マヤコフスキー事件」参照となっているのだが、初恋の相手が1911年のエヴゲーニャ・ラングであることは、はっきり書かれている。日本人のうちで一番マヤコフスキーに詳しいのは小笠原氏であり、小笠原氏は1988年の報告会「マヤコフスキーの愛人たち」(岩田宏「雷雨をやりすごす」1994年に収録)では、初恋の相手を1914年のマリヤ・デニーソワ(「ズボンをはいた雲」のマリヤ)とされていて、マヤコフスキーが一生懸命に口説いたが、ものにできずにふられてしまい、旅行できないほどの落ち込み状態になったことを書かれたので、私達もすっかりそのように思い込み、マヤコフスキーもなかなか純情な奴だと思っていた。しかし、小笠原氏は「マヤコフスキー事件」で、これを全面訂正した上で、マヤコフスキーの愛人関係の詳細な著述と年譜を書いてくださった。「マヤコフスキー事件」の主題は暗殺であるが、この愛人関係部分だけでも、実に価値ある書物である。これによると、初恋のラングは3つ年上の画学生で、数か月で別れ、1913年に友人の妹のヴエーラ・シェフチェリ(4才年下)と付き合って妊娠させ(のちに堕胎)、同じ年に同窓女学生アントニーナ・グミリーナ(2才年下)と付き合い(のちに自殺)、同じ年に、女学生ソフィア・シャマルディーナ(1才年下)と付き合って妊娠させ(のちに堕胎)ており、「ズボンをはいた雲」ならぬ、「ズボンをはいていない雲」のような大活躍である。(まあ、その時その時で真剣だったとは思うが)そして、この次の年に、旅先で猛烈に言い寄ったが、賢明にもはねのけたのが、マリヤ(1才年上)なのである。