【ロレンツィ家SS】プレゼントボックス
リタが屋敷の住人達とだいぶ馴染んできた辺りの話です。
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「これは何のつもり?」
執務机の上にどんと載せられた箱に、アルバートは片眉を上げた。荷物を抱えて運んできたエミリオに胡乱な目を向ける。
中身はほとんどが菓子だ。プレゼント用にラッピングされた、いかにも女子受けしそうなカラフルなカップケーキやら、高級店のこじゃれたもの、テディベアと抱き合わせになっているもの――どう見てもアルバート宛じゃないことは明らかで。
取りまとめて持ってきたらしいエミリオは面白がるようにニヤニヤ笑っている。
「見りゃ分かんだろ、リタ宛だよ」
「それをなんで僕のところに持ってきたのかって聞いてるんだけど」
「お前の許可がないと受け取れないってリタが困ってたから。いつの間にそんな独占欲丸出しなこと言ったんだ? もう旦那気どりかよ」
半笑いで茶化される。
わざわざアルバートをからかうためにエミリオが持ってきたようだ。ご苦労なことだ。
『僕の許可がないと受け取れない?』
……そんなことリタに対して言ったか?
思い当たることと言えば、つい先日のことだ。
廊下ですれ違ったリタがにこにこ上機嫌にしていたからどうしたのかと問えば、外れたボタンを縫ってやった礼として構成員が菓子を買ってきてくれたんだとか。嬉しそうに包みを見せてくれた。
……「そうなんだ、良かったね」で済む話だ。
当初は構成員たちから遠巻きにされていたリタだが、徐々に屋敷に馴染み、気安くやりとりをする人間も出てきたようだ。そういう他者との繋がりや、ささやかな親切が、彼女にとっては新鮮で嬉しいのだということもわかる。
「僕以外の男からプレゼントを貰って喜ぶんだね」
口から飛び出した皮肉に、リタはきょとんとしていた。
《ごめんなさい。いけなかった?》
たかが菓子だ。
そこらへんの街角で、コイン一枚でおつりが返ってくるようなやつ。
「きみは一応僕の婚約者なんだから。菓子ひとつで機嫌が取れるような安い女だと思われたら困るよ」
それを、アルバートの許可なく、他者から物を貰ってはいけないと解釈したのか。
他の男に気を許してほしくないという牽制の意味で出た言葉だったが、構成員たちの好意を適当にあしらうことも出来ずに困ったのだろう。
アルバートはもう一度箱の中を一瞥した。
「そもそも、どうしてこんなに大量なんだ?」
「誰かが買ってくると我も我もって感じらしい。どこそこのあれが美味しいとか、セレーノの名物と言ったらこれだとか」
妹や娘に土産を買うような気持ちで買ってきたものが大半か。日持ちがあまりしない生菓子を買ってきている奴は何も考えていないということがよく分かる。高級店の箱は「ボスの婚約者」への印象を少しでも良くしたいと考えた奴か。
なんにせよ、害意はなさそうなのでアルバートはエミリオの方に箱を押し戻した。
「……リタに渡してくれ。菓子をもらったくらいで嫌味を言って悪かったよ」
「おっ? 捨てなくていいのか?」
「……暇なのか? エミリオ? いつまでもからかうつもりなら仕事の量を増やす」
ささやかな嫉妬心を茶化され続けるのは面白くない。
あまりアルバートをからかいすぎると後が面倒だとわかっているエミリオは、肩をすくめて箱を持ちあげる。アルバートは思い出したかのように「そうそう」と付け加えた。
「その右の方に入ってる白い箱は渡さなくていい」
「どれだ? なんか金のロゴが入ってるやつ?」
アルバートは仕事を再開した。エミリオの方を見ず、書類にペンを走らせる。
「それは菓子じゃなくてアクセサリーだ。捨てておけ」
<了>