コロナ禍で旅行会社はもっと異業種格闘を
1月7日、再び緊急事態宣言が発出された。今年こそは復活をと考えていた観光産業・旅行業界の方々にとっては、出鼻をくじかれた一年のスタートだったと思う。まさに試練のスタートである。
JTB、KNT-CTも2020年度4-9月の中間業績は過去最大の赤字、HISも創業以来の赤字となり、各社大胆なリストラ策を発表した。この旅行大手の構造改革に関して、赤字額や人員削減数などの数字に目が行きがちだが、大切なのは時間軸と再建策である。まず改革速度は各社異なる。JTBやKNTの発表した店舗削減や人員整理は2022年3月末をめどとしているのに対して、HISは約100店舗削減を2021年1月末までに行う高速改革。また回復策も異なる。KNTは総合旅行業の終焉を宣言し、クラブツーリズムの個人旅行事業と教育旅行の専門会社へ縮小の道。JTBはデジタルとソリューション事業への転換を掲げ、コロナ禍前より営業利益450億円規模まで成長させる構造改革を図るとしているが、7年後の話である。2社があくまで旅行を中心としたその領域をベースとしている一方で、HISは2022年に2019年レベルの業績を目指して異動・出向・新規事業への人員再配置を矢継ぎ早に実行している。オンライン体験の新規事業を本部格にする異例の特進を行い、さらに定款変更を行って飲食、終活、通販、農業など旅行業に囚われない異業種に挑んでいる。もちろんこれが成功するかどうかは数年先まで待たねばならない。これら戦略の差異は、コロナで「起きた」のではなく「加速した」と考えるべきだろう。
SARS後コロナ前まで7年間の旅行大手の売上高営業利益率の平均値をみると、JTB0.85%、KNT0.86%、日本旅行0.33%に対してHISは2.75%である。HISとその他の違いは、事業ポートフォリオの差異と考えてよい。コロナ禍前HISの営業利益の4割は、旅行業以外で稼いでいた。売上高営業利益率の推移は、売上の増加に伴って利益が増えるかどうか、つまり業界の成長性を比較分析するのに適している指標である。利益とはGDP全体の中の取り分であり、付加価値である。業界大手JTBとKNTの2社の長期的低利益は、旅行大手のビジネスが既に斜陽であることを示している。付加価値を生まない仲介業に成り下がったか。「おいしいところ」だけ、フリーライドビジネスをしてきたツケ、リスクテイクしない体質。まさに自己変革をしない戦略不在の証ではないだろうか。
利益率の長期低迷が物語るのは、OTAや異業種参入による立地の荒廃である。かつて駅前の一等地で繁盛していた店がシャッター街の中でポツンと取り残された光景のようにみえる。手数料による仲介ビジネスが終焉を迎えるとわかっていたのに、問題の先延ばしをしてきたことがコロナになって直撃したということではないか。時間消費という観点では、本当の敵は競合他社ではなくてNetfilix、「あつまれ、どうぶつの森」や「鬼滅の刃」なのかもしれない。見るだけ食べるだけ旅行でなくても、それに代わるエンターテイメントなどの代替材は多い。
GoToキャンペーンによる輸血で延命はできると思うが、ポストコロナの生存を保証するものはない。ポストコロナで現在の旅行大手は「大手」の冠を外す必要があるかもしれない。今後、必ず旅行市場は成長するが、しかしそれは業界の垣根を崩しながらダイナミックに変貌を遂げる。だからこそ旅行会社は、逆説的だがコロナ過での異業種との格闘をすべきだ。旅行業にしがみつくのでなく、あえて異業種に挑戦して道場破りをする。その過程で、新たな旅行ビジネスモデルやイノベーションが生まれるのではないか。やられたら、やり返すしかないだろう。
斜陽産業にある企業の命運を握る残された戦略が「立地替え」だ。ジャック・ウェルチによるGEの復活、衣服レーヨンから航空機カーボンファーバーに転身した東レ、フィルムから医療・素材へ多角化した富士フィルムなど大企業でも閉ざされた道ではない。しかし、荒廃の進んだ旧天地を捨てて新天地を打って出るといってもと言うは易く行うは難しである。社内には様々な意見は出るし、既存事業の担当からは利害対立で紛糾するのは目に見えている。こうして大半の経営者は時期尚早と尻込みして機を逸するのだ。有事とは前進も後退も傷がつく。小さな変化を本質的な問題と受け止めて、意を決してやるか、やらないか、それだけである。
新規事業は治外法権の「出島」で行い、30~40代の若手を抜擢することだ。既存事業内で遂行してはならず、また5年以内に退役する老兵士に任せてはいけない。刈り取りモードでは先が持たないことは明白なので、将来像を描きながら着実に布石をうつはずだ。その経験が修練となって将来の強い経営者を育成する。育てるべきは管理職ではなく経営者だ。
あのタイタニック号で水死した人の多くは、最後まで船から飛び降りることができなかった人だと言われる。傾くけれど見慣れた明るいデッキと、暗黒の海の暗闇の選択。未知の世界は暗闇で、怖いと思うのは人間の本能かもしれない。しかし、この危機を克服しようと思えば、無知の闇に光を照らすしかない。「まずは生き残れ、儲けるのはその後だ」と述べたのは著名な投資家ジョージ・ソロス。ルイ・ヴィトンを擁するVMH社が消毒液製造を始めたように、長寿企業には品格だけでなく「しぶとさ」が欠かせない。
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