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らての台本置き場

釣男と猫女 [1:1:0]

2021.01.07 13:15

0:時刻は夜。住宅地のバス停。電信柱に併設された街灯がさびれたベンチを照らしている。

0:ワンピースを着た手足のやせ細った猫女が段ボールと太筆油性ペンを両手に抱えて現れる。

猫女:ここでいいか

0:彼女は箱を見つめ、しばらく立ち止まっている。

0:と、そこに大きなクーラーボックスとケースに入った釣竿を持った釣男が現れる。

釣男:あの・・・

猫女:・・・

釣男:あっ

釣男:あのー

猫女:へ?私ですか?

釣男:あ、はい、すみません

猫女:・・・なんですか?

釣男:いえ、すこし伺いたいことがありまして

猫女:私で答えられる事なら、どうぞ

釣男:はあ、ありがとうございます

釣男:あの、ですね

釣男:茂木町(もてぎちょう)8丁目には、どう行けばいいでしょうか?

猫女:はい?

釣男:ですから、茂木町です。8丁目に用事があるんですけど

猫女:茂木町ですか

釣男:ええ、ちょっと用事がありましてね

釣男:8丁目、ご存じですか?

猫女:・・・ええ、知ってますよ

釣男:ああよかった、このままたどり着けないかと不安で仕方がなかったんです

猫女:ご苦労さまです

釣男:いえ・・・

0:間。猫女は釣男を見つめている。

釣男:あ、あのー

猫女:はい

釣男:教えていただけませんか、その、いき方を

猫女:ええ、いいですよ

釣男:ああ、助かります

猫女:茂木町の8丁目ですよね

釣男:ええ、そのあたりにつけばあとは大丈夫ですので

猫女:わかりました

猫女:では・・・

0:猫女、ベンチに座る

猫女:(短く息を吐く)

猫女:さあ、あなたも座ってください

猫女:荷物も重いでしょうし

釣男:え、いえ、あの

釣男:お気遣いはありがたいのですが、私にはそんな時間はないですから

猫女:お急ぎですか

釣男:ええ、それはもう、急ぎも急ぎで

猫女:そうですか

猫女:なら、なおさら、ここに座った方がいいと思いますよ

釣男:え?

釣男:えっと、それはあの・・・

猫女:見えませんか?

猫女:住宅地のすこし開けた道端に、ベンチと屋根、そしてこの看板

釣男:ええ、見えますけど

猫女:東武博愛病院。ここバス停なんですよ。

釣男:はぁ

猫女:ここからバスに乗って5駅ほど進めば、茂木町8丁目ですよ

釣男:あ、はぁ、そういうことでしたか

猫女:はい

釣男:それならそうと、最初から言ってくださいよ

猫女:ほら、荷物重いんじゃないですか?

猫女:そこにおろして、遠慮なく、座ってください

釣男:いえべつに、遠慮しているわけじゃないんですけどね

猫女:次のバスまでまだ時間はありますから、どうぞ

釣男:はぁ、じゃあ、失礼して

0:釣男、クーラーボックスと釣竿のケースを降ろしてベンチに腰掛ける。

釣男:よいしょっと・・・

0:間

猫女:釣りですか?

釣男:えっ

猫女:釣り、ですよね、それ、クーラーボックスでしょ?

釣男:え、あ、まぁ、そうですね、釣り、釣りです

猫女:その釣竿も重そうだし、きっと高いものなんでしょう?

釣男:はは、いえいえ、そんな大層なもんじゃありませんよ

猫女:そうなんですか?

釣男:思いつきで、釣りを始めてみようかなってなもんで、衝動的に買ってしまった物なので

猫女:なるほど

釣男:釣りなんか始めてみたら、楽しいかなってね、思いまして

猫女:ええ

釣男:それでインターネットの通販で、釣竿と、これをね

猫女:おひとりで?

釣男:いえ、友人と

猫女:そうですか

釣男:ええ

0:間

釣男:あなたは?

猫女:はい?

釣男:いえ、あなたは何をしているのかと

釣男:こんな早朝に、女性一人で、

猫女:なんでそんなこと聞くんですか?

釣男:ああいや、あなたが聞いてきたので、私も聞こうかと

猫女:そうですか

釣男:はい・・・

猫女:ええ

釣男:はい・・・

0:間

釣男:あの

猫女:はい?

釣男:それは、なんですか?

猫女:それ?

釣男:ええ、その、段ボール、あなたが抱えている

猫女:ああ、これ

釣男:ずっと気になっていたんです

猫女:大したものじゃありませんよ

釣男:そうなんですか?

猫女:ええ、これはごく平凡な、段ボール箱です

釣男:中身は?

猫女:中身ですか?

釣男:ええ、中身、入ってるんでしょ

猫女:入ってますよ、なんで空の段ボール箱を持ち歩かなくちゃいけないんですか?

釣男:知りませんよそんなの

猫女:おかしな人ですね

釣男:すみません・・・

0:間

釣男:でも、気になってしまって

釣男:きっと私はこの後バスに乗り込むときに「あの箱の中身はなんだったんだろう」と思います。

猫女:すぐ忘れるでしょう

釣男:いいえ、わかりませんよ

釣男:私は気になって気になって、目的地にたどり着けないかもしれない

釣男:降りるべき駅で乗り過ごして、どんどんあらぬ方向に向かっていく

釣男:箱の中身はなんだったんだろう、なんだったんだろうと思うでしょう

釣男:そして、ふと気が付くと、終点の、えっと

0:釣男、バス停の看板を確認する

釣男:漆山(うるしやま)警察署前に着く。

釣男:帰り道もわからないまま途方に暮れた私は思うんです

釣男:あの段ボール箱の中身は、一体なんだったんだろうか

釣男:・・・と

0:間

猫女:なんですかその話は

釣男:いえ、私にもちょっと・・・

猫女:そんなに気になるなら、開けてみますか?

釣男:えっ

猫女:いいですよ、ほら

釣男:いいんですか?

猫女:はい、どうぞ

釣男:じゃあ、失礼して・・・

0:間。釣男は箱を開けずに手を止める。

猫女:どうしたんですか?

釣男:いえ、やっぱりやめておきます

猫女:なんでですか?

釣男:いえね、いろいろ想像しましてね

釣男:まあ、空けない方が無難かな、と

猫女:え、何を想像したんですか?

釣男:いや、いろいろなパターンがあると思うんですよ

猫女:パターン?

釣男:ええ、びっくりするか、がっかりするか

猫女:パターンですか

釣男:そうです

釣男:びっくりする場合、例えばね?

釣男:その中に大量のお金が入っている。

釣男:千円とか一万円とかそんな額じゃなくて、札束がゴロゴロと

猫女:はい

釣男:この場合ね、解決しないんですよ

猫女:ええと、どういうことですか?

釣男:だからね、夜中に、女性がひとりで大量の札束を抱えて歩いている。

釣男:私はそもそも、あなたがこんな時間にこんな場所で何をしていたかが知りたいのに、逆に謎が増えてしまう

猫女:なぜ大金を持っているのかを改めて聞けばいいじゃないですか

釣男:それもおそらく、一段階じゃすみません

猫女:なんですか一段階って

釣男:ですからね?

釣男:なぜ札束を持っているのか、という質問を投げたら、おそらくもっと不可解な返答が帰ってくるでしょう

釣男:だって、そもそもここまでの状況が不可解なんですから

猫女:ええ

釣男:謎が謎を呼ぶってやつです

釣男:ひとつもやもやが解消したとしても、きっと新しいもやもやが私を包んで、状況は変わりません

猫女:なるほど

釣男:だから、びっくりする場合は、

釣男:あえて「何故か段ボールを持っている女が居た」くらいの不思議にとどめて置いた方が無難だと思うんですよ

猫女:じゃあ、がっかりするパターンは?

釣男:これは簡単です。

釣男:これほどびっくりパターンを考えているのに、いざふたを開けたら中身は「ご近所さんに分けてもらった野菜だった」なんてオチじゃあ、浮かばれない

猫女:浮かばれないって、誰がですか

釣男:札束がですよ

猫女:はぁ・・・

釣男:私はその箱を開ける事で得をしない、という事がわかりました

猫女:はい

釣男:なので、開けません。

猫女:まあ、そういうことならそういうことで、別にいいんですけどね

釣男:はい

猫女:ええ

0:間。

釣男:(ちらちらと箱を見ている)・・・

猫女:あの

釣男:はい、なんでしょう

猫女:やっぱり気になるんでしょう、箱の中身

釣男:いえいえ、そんなそんな

猫女:そんな、大したものじゃないんで、別に教えてもいいんですけどね

釣男:やめてください!私はがっかりしたくないんです!

猫女:この箱の中身は

釣男:やめてくださいって!いじわるですねあなたは!

猫女:中身は

釣男:あーあー!聞こえない!私は何も聞いていない!

猫女:猫です

釣男:あーあーあー!

釣男:・・・あ?なんですって?

猫女:猫です

釣男:えっと、猫って、猫ですか?

猫女:はい、猫です

釣男:・・・あの?

猫女:まあ「あの」で言うなら、そうです

猫女:あの猫です

釣男:はぁ、なるほど・・・

猫女:ええ

釣男:・・・えっ?

猫女:はい?

釣男:なんでですか?

猫女:はい?なにがです?

釣男:いえ、ですから、なんで猫を抱えてこんな場所に?

猫女:それは

釣男:ええ

猫女:捨てに来たんです、猫を

釣男:あ、ああ、はぁ

猫女:どうでしたか?これでもやもやしませんか?

釣男:え、ええ、まぁ

猫女:そうですか、よかったですね

釣男:はい・・・

0:間

釣男:ん?

猫女:なんですか今度は

釣男:あ、いえ

釣男:あの、あなたはここに、猫を捨てに来たんですよね

猫女:はい

釣男:段ボールに入った猫を、このバス停まで捨てに来た

猫女:そうですよ

釣男:なにしてるんですか?

猫女:はい?

釣男:いえ、その、猫を捨てに来たのであれば、捨てて、帰ればいいじゃないですか

猫女:・・・どういうことでしょうか?

釣男:えっ

釣男:あの、ですから、あなたはここに、猫を捨てに来たんですよね?

猫女:そうですね

釣男:はい、じゃあ、捨てて、はい、帰れば、いいじゃないですかって

猫女:ああ、そういうことですか

釣男:ええ

猫女:捨てられないんです

釣男:え?

猫女:捨てられないんです、まだ

釣男:え、どうしてですか

猫女:なんて書こうか、まだ決まってないんですよ

釣男:なんて、書こうか?

猫女:ええ、なんて書こうか。

釣男:どういうことでしょう?

猫女:捨て猫って、大体段ボールに入ってるでしょう

釣男:え、ええ、そうですね

猫女:で、段ボールには大体何か書いてあるでしょう?

釣男:はい、そうですね

猫女:なんて書いてあります?

釣男:えっ

釣男:そ、それは・・・

釣男:「あじのひらきが、たべたいにゃー」とかですか

猫女:なんですかそれは

釣男:すみません・・・

猫女:まあでも、少なからず、そういうメッセージが添えられてるんですよ

釣男:そうですね

猫女:例えば「拾ってください」とかね

釣男:ああ、はい

猫女:はい

猫女:それが、決まらなくて、だからまだ捨てられないんです

釣男:え、「そんなことで」ですか?

猫女:え?

釣男:いいじゃないですか「拾ってください」で

猫女:ダメなんですよ

釣男:え?なんで

猫女:「拾ってください」じゃあ、拾われちゃうじゃないですか

釣男:え?

釣男:はい・・・それでいいんじゃないんですか?

猫女:それでいいんですかねえ・・・

釣男:なにを言ってるんですかあなたは

猫女:うーん・・・どう説明すればいいんでしょうか・・・

釣男:そんな難しい事じゃないと思うんですけど

0:間

猫女:シュレディンガーの猫って話、知ってますか?

釣男:シュレ?

猫女:シュレディンガーの猫です

釣男:なんですかそれ

猫女:箱がありまして・・・

猫女:そうですね、丁度いいですし、この箱としましょう

釣男:ええ

猫女:この箱の中には、50パーセントの確立で崩壊する原子が入っています

釣男:え、えっと・・・原子ですか・・・?

猫女:あ、そうですよね、じゃあこれは省きましょう

釣男:はぁ・・・

猫女:箱の中には、一匹の猫がいます

釣男:はい、猫がいます

猫女:はい

猫女:そして、この箱の中にはもう一つ

猫女:1時間経つと50パーセントの確立で毒ガスを箱の中に注入する機械が入っています

釣男:えっ

猫女:(ぱちんと手を鳴らして)はい、一時間”半”経ちました

釣男:あぁ!

猫女:箱の中はどうなってると思いますか・・・?

釣男:え、ええ?

釣男:・・・毒ガスが注入されるのは、50パーセントの確立なんですよね?

猫女:そうですね

釣男:じゃあ、わかんないです

猫女:・・・わかんないですか?

釣男:そうですね、わかんないです

猫女:そうですね・・・

釣男:ええ・・・それで?

猫女:まあそう焦らないでください。

猫女:ここからがシュレディンガーの猫なんです。

釣男:はい

猫女:いいですか?

猫女:1時間半経った今、箱の中には

猫女:「生きている猫」と「死んでいる猫」が同時に存在しているんです。

釣男:・・・んっ?

猫女:ですから、箱の中には「生きている猫」と「死んでいる猫」が、同時に存在しているんです。

釣男:・・・存在しているんです?

猫女:存在しているんです。

釣男:・・・いやいや、存在してませんよ

猫女:なんでそう思うんですか

釣男:だって、だって、ねえ?

釣男:だって、1時間で毒ガスが注入されるんでしょう?

猫女:そうですね

釣男:ですよね

釣男:で、時間は一時間から30分も過ぎてるんだから、もう結果は出てるはずじゃないですか

猫女:そうですね

釣男:そしたら、箱の中の結果は決まっているでしょう?

猫女:・・・どうやってそれを確かめますか?

釣男:箱を・・・開ける

猫女:はい!

猫女:どっちでしたか・・・?

釣男:・・・?

釣男:えっと・・・生きてました

猫女:はい、あなたが箱を開けた瞬間に、死んでいる状態の猫が消滅して、生きている状態の猫が箱の中に残された。

釣男:はいい!?

猫女:そういう話です

釣男:待ってください、毒ガスが注入された時点で、猫の生死は決まっていたのであって・・・!

猫女:そうですね

釣男:そうですよね!

猫女:ははは・・・そんな大きな声出さないでください

釣男:す、すみません・・・

0:間

猫女:あなたの反応は正しいですよ

釣男:え?

猫女:そんなわけないだろー!って、思いましたよね

釣男:え、ええ・・・

猫女:シュレディンガーもそう思ったんですよ

釣男:シュレディンガーも?

猫女:はい、猫の運命は、1時間経ったその時に決まっているはずだろうってね

猫女:彼も思ったんです

釣男:あっ

釣男:シュレディンガーっていうのは、人の名前なんですね?

猫女:ええ・・・

猫女:エルヴィン・シュレディンガー、オーストリア出身の学者です

釣男:ほう・・・

猫女:この猫の話はね、彼が物理学と、量子力学の間の矛盾に意を唱えるある種の「たとえ話」だったんです。

釣男:たとえ話、ですか

猫女:はい。

猫女:量子力学をご存じですか?

釣男:いえ、残念ながら

猫女:物理学は?

釣男:すみません・・・

猫女:ああ、いえ、謝らないでください

0:猫女、無邪気に笑う

猫女:ええとそれじゃあ・・・あなた、コーヒー好きですか?

0:ぶるるん、と音とともに、バスが来る。

0:しばらくして、バスが発信して、どこかへ行ってしまう。

猫女:・・・よかったんですか?

釣男:え?

猫女:バス、乗らなくて

釣男:あ、ああ、ええ、そうですね、逃しちゃいましたね

猫女:(笑いながら)乗れましたよね今

釣男:乗れましたけど、今乗ったら、後悔してましたよ

猫女:どうして?

釣男:いえ、わかりませんが・・・

猫女:・・・

釣男:・・・コーヒーですか?

猫女:あ、ええ、はい、コーヒー

釣男:好きですよ、コーヒー、妻とよく買いに行ってました

猫女:奥様と?

釣男:ええ

猫女:別れちゃったんですか

釣男:そうですね、別れちゃいました

猫女:そうですか・・・

猫女:・・・

猫女:コーヒーって、ほおっておくと冷めちゃいますよね

釣男:はい

猫女:これが、物理学の立場だったんです

釣男:・・・どういうことですか?

猫女:まあ、そこにはいろいろあるんですけど・・・

猫女:とにかく、コーヒーは、放っておくとどんどん冷めていく

釣男:当たり前です

猫女:ええ、当たり前です

釣男:はい

猫女:ところがね、量子力学―

釣男:量子力学

猫女:はい、量子力学の立場だとね

猫女:コーヒーは放っておくと、冷めるかもしれないし、温まるかもしれないんです

釣男:なんですかそれは

猫女:そのままです

釣男:そんなわけないでしょう、コーヒーが勝手に温まるなんて聞いたことありません

猫女:そうですね、でも、実際、実験で実証されてるんです

釣男:コーヒーがひとりでに温まる現象がですか・・・?

猫女:(笑って)まさか

猫女:コーヒーは冷める一方ですけどね・・・

猫女:ただ、実際に不可解な事がおきてたりするんです、量子力学の範囲では

釣男:・・・不可解な事?

猫女:ええ、例えば・・・

猫女:野球・・・好きですか?

釣男:また唐突ですね・・・

釣男:好きですよ、野球

猫女:ちなみにどこのチームを応援してます?

釣男:えっ

釣男:・・息子とキャッチボールをしていたくらいなので、チームまでは

猫女:ああ、そうなんですね

釣男:ええ・・・

猫女:・・・息子さん、おいくつなんですか?

0:間

釣男:生きていれば、28歳です

猫女:あっ・・・

釣男:・・・

猫女:すみません・・・

釣男:いいんです、それで、野球ですか?

猫女:ピッチングマシーンってあるでしょう?

釣男:ええ

猫女:普段はまっすぐ飛んでくる球が、人に見られている時だけ変化球を投げてきたらどうします?

釣男:人に見られているときというのは・・・

猫女:ギャラリーがいる時ということです

釣男:それは・・・練習になりませんね

猫女:そうです、人が注目した途端魔球を投げてくるピッチングマシーン。

猫女:到底練習にはなりません。

釣男:そうですね

猫女:それが起こりうるのが量子力学の世界なんです

猫女:ピッチングマシーンのボールは、まっすぐ進むかもしれないし、軌道をそれるかもしれない。

猫女:猫は観測するまで死んでるかもしれないし、生きているかもしれない。

釣男:そんな無茶苦茶な

猫女:無茶苦茶だと思いますか?

猫女:でも実際実験では結果が出てるんです

猫女:人が見ている時だけ違う動きをする粒子の存在が

釣男:ふむ・・・

猫女:それを、そんなわけないだろーって言ってるのが

釣男:シュレディンガー

猫女:そう、シュレディンガー

釣男:なるほど・・・

猫女:これは、物理学と量子力学の間の、絶対の矛盾だと思われてたんですよ

釣男:思われてた?

猫女:最近、ニュースで見たんです、エラい大学の、エラい人が

猫女:そこの矛盾を繋げたんです

釣男:そうなんですか

猫女:はい

猫女:ズルせず、正式な方法でね

釣男:すごいじゃないですか

猫女:ええ、すごいです、とても

0:間。バスが二人の目の前に停車して、通り過ぎていく。

猫女:だから、この箱の中は、もう決まっちゃっているんです。

猫女:本当は

釣男:・・・

猫女:この猫が死んでいるか、生きているか・・・

猫女:わかってしまってるんです

猫女:あなたのそれだって同じ

釣男:えっ?

猫女:あなたがそのライフルに銃弾を込めていれば、相手は死ぬし

猫女:弾丸を込めていなければ、空砲のまま、あなたの奥様は生き残ります

釣男:え、あの、なにを言っているんですか

猫女:だから、あなたのその持っている、釣竿のカバーがかけられた猟銃の事ですよ

釣男:は、はい!?

釣男:な、なにを言っているんですか、これは釣竿ですよ

猫女:そうですか?

釣男:当たり前でしょう、私は釣りに行くんですから。

猫女:どこへ?

釣男:茂木町(もてぎちょう)です・・・

猫女:茂木町に

猫女:・・・海はありませんよ?

釣男:・・・

0:間、

猫女:それじゃあ、私はそろそろ行きますね

釣男:えっ、どこに

猫女:終点まで、箱の中身を、確かめに行くんです

釣男:どうやって?

猫女:実はね、私、もう怖くて開けられないんです、この箱を

猫女:だから、人に開けてもらおうと思いまして

釣男:それじゃあ、僕が・・・!

0:静かな音と共に最終のバスが来る。乗り込む猫女。

釣男:・・・

猫女:それじゃあ、最後に話せてよかったです

釣男:あ、あの・・・

猫女:その銃に、弾丸が入っていないと、いいですね

釣男:あの!その箱の中身は!

猫女:そのクーラーボックスが、空であるといいですね。

釣男:箱の中身は!

猫女:おやすみなさい。

0:プシューという音とともにバスが発進する。

0:ベンチに座り、うなだれる釣男。

0:いつもとかわらない町。

:幕