夫婦と息子の家族会議 [2:1:0]
0:リビング、四角いテ―ブルに少年が泣きそうな顔で座っており、二人を挟むような形で母親と父親が向かい合っている。
息子:(しくしくと泣いている)
0:緊迫した雰囲気の間がしばらく続き、母親が重い口を開く。
妻:本当にいいのね
夫:ああ
妻:後悔しないのね
夫:・・・ああ
妻:あとからやっぱりとかなしよ
夫:そんなこといわないよ
妻:そう・・・
0:間
夫:お前こそ本当にいいんだな?
妻:ええ
夫:これが最後だぞ?
妻:ええ
夫:これで終わりなんだぞ?
妻:しつこいわね、いいのよこれで
夫:ああ・・・
0:間
妻:それじゃあ、書くわよ
夫:ああ、頼んだよ
妻:ペン取ってもらってもいい?
夫:そっちにもあるだろう
妻:これマーカー
夫:ああ、そうか、はい(ボールペンを渡す)
妻:ありがと
妻:えっと・・・
妻:あー・・・
夫:どうした?
妻:これ、どっちで書けばいいのかなって
夫:・・・どっちって?
妻:ほら、届出人、大石か、倉持か
夫:倉持だろ
妻:そうなの?
夫:だって、今はまだ倉持じゃないか、これから大石に戻るわけで、まだお前は倉持だろ
妻:ああ、そっか
夫:それに、ここ、父母の欄にご両親の名前書いてあるし、お前はまだ倉持なんだから
妻:うん
夫:だから、ここは倉持でよくて・・・
妻:(さえぎって)わかったって、倉持ね
夫:ああ・・・
息子:(しくしくと泣いている)
妻:翔太(しょうた)
息子:(しくしくと泣いている)
妻:ジュース飲む?
息子:うん・・・
妻:おっけー、待っててね(席を立とうとする)
夫:おい
妻:・・・なに?
夫:サイン・・・
妻:翔太のジュース持ってくるだけだよ
夫:だめだよ、早く書いてもらわないと
妻:なんでそんなに急いでるわけ?
夫:この後会食なの、さっきも言っただろ
妻:そんなのキャンセルしてよ、前から決まってたじゃない、今日話し合うって
夫:仕事なんだって、大事な接待なの
妻:はぁ・・・いつもそうよねあなたって、休日も平日もあったもんじゃない
夫:なんだよその言い方は、仕事だって言ってるだろ
妻:どうだか
妻:まあそもそも嫁と子供に対してすこーしでも愛があればこんなことにはなってませんけどね
夫:そんな言い方ないだろ!俺だってお前らのために稼いでるじゃないか!
妻:その態度なに!?私だって働いてる!自分だけ稼いでるみたいな言い方しないでくれる!?
息子:(口火を切ったように泣き出す)わああああああああああああああああああああ!!!
妻:あっ
息子:びええええええええええええええええええ!!!
夫:ごめん翔太・・・
妻:(抱きしめて)ごめんね、よしよし・・・
息子:(抱きしめられて)うううう、ひっく、ひっく
息子:(聞こえるか聞こえないかの声で)ジュース・・・
妻:ん?どしたの?
息子:ジュース、飲む
妻:あ、うんそうだよね、ごめんごめん
夫:・・・
妻:ほら、あなた、ジュース
夫:・・・
夫:わかったよ・・・
0:夫、席を立って冷蔵庫へ向かう
妻:えっと、ここが、倉持、藤子(とうこ)・・・っと
妻:印鑑印鑑、あれ、私どこやったかな
息子:おかあさん
妻:ん?どしたの翔太
息子:僕、どうすればいい?
妻:ん?どういうこと?
息子:だってさ・・・おとうさんとおかあさん仲悪くなったんでしょ
妻:あー
妻:うーん
妻:うん、ちょっとそんな感じかも
息子:うん・・・
息子:ってことはさ、どっかいっちゃうんでしょ
妻:どっかって?
息子:えっと・・・おうちにいなくなる
妻:うん、そう、このおうちにはもう住まなくなる
息子:だよね
妻:うん
息子:僕だけここで住むの?
妻:え?
息子:だって、おとうさんもおかあさんもいなくなったら、僕だけのこるから、だから、僕ひとりでここで住むの?
0:しばらくの間
妻:ふふっ
息子:・・・なに?
妻:ううん、なんでもない
息子:?
妻:あのね翔太
妻:翔太は、お母さんか、お父さんと新しいおうちに引っ越すんだよ
息子:そうなの?
妻:うん
妻:翔太のこと一人にするわけないじゃん
息子:(ちょっとほっとして)そっか・・・
妻:ひとりで暮らすかとおもった?
息子:うん・・・
妻:そっかそっか
息子:で、どっちと暮らすの?
妻:ん?
息子:お父さんとお母さん、どっちかと暮らすんでしょ?どっちもは無理?
妻:うんーどっちもは無理かな
息子:うん・・・
息子:じゃあどっちと暮らすの?
妻:うーん、それは
0:と、そこに夫が戻ってくる。
夫:翔太、ジュース持ってきたよ
息子:うん
夫:オレンジでよかった?
息子:うん、なんでもいい
夫:そっか
妻:書けたわよ
夫:あ、ああ、じゃあこれ(ジュースを渡す)
妻:(受け取る)はい、ありがと
妻:(離婚届を見せる)これでいい?
夫:うん、確認するね
妻:翔太、コップなにがいい?
息子:うーん・・・星のやつ
妻:はいはい、星ね、ちょっとまってね
息子:うん
妻:えっと、星、星・・・
夫:えっと、倉持、倉持で、大石、印鑑、あれ、印鑑どこだっけ
妻:目の前にあるでしょ
夫:え?ああ、ありがとう
0:間
妻:あなた
夫:んー?(生返事)
妻:翔太ね、一人暮らしすると思ってたんだって
夫:え?一人暮らし?なんで
妻:私とあなたが仲悪くなって、家を出てっちゃうから、この家に一人になるって
夫:そんな・・・
夫:翔太
息子:うん
夫:大丈夫、一人にならないから、翔太はお父さんかお母さんのどっちかが・・・
夫:いや違うな
夫:どっちかと一緒に暮らすから、一人にはならないんだよ
息子:うん、おかあさんに聞いた
夫:・・・不安にさせてごめんな
息子:うん・・・
0:間
妻:はーい翔太、オレンジ
息子:うん
妻:あー気を付けてね
息子:うん、大丈夫
妻:偉い偉い
息子:(すこーし誇らしげに)うん
0:翔太が飲み物を飲む間。ごくりごくりと。
0:その間に夫は離婚届の記載事項を確認し終わる。
夫:うん、おっけ、ちゃんと書けてる
妻:うん
夫:じゃあ、これ俺出してくるからさ
妻:いいの?仕事、私行こうか?
夫:いや、大丈夫、通り道だから
妻:そ
夫:よし、そしたら、あとは・・・
妻:うん
夫:決めるか
妻:そうね
0:雰囲気が変わる。翔太はオレンジジュースを飲んでいる
夫:言いっこなしだぞ
妻:わかってるって
夫:一発勝負?
妻:もちろんでしょう
夫:お前弱いからなー
妻:あなた大事な時に負けるじゃない
夫:ぐっ
妻:今回も勝たせてもらうわよ
夫:本気だすからな
妻:いくわよ
夫:ええ
妻:せーのっ
妻:最初はグー、じゃんけん
夫婦:ポン!
0:夫グー、妻チョキ
0:一瞬の間
息子:ん?
妻:まけたーーー!
夫:よし!よっしゃああ!!
息子:じゃんけん?
夫:いいなー!文句なしだぞ!
妻:わかってるわよ・・・
夫:よっしゃー!お前とのじゃんけん、大事なところで初めて勝てたかもしれない(笑)
妻:たしかに(笑)
夫:土地選びの時も、転職の時も、サーフボードの時も全部負けてたもんな
妻:そっちに運使っちゃったかなあ
夫:まあともあれ、これで決まりだな
妻:うん、決まりだね
0:間。盛り上がっていた空気が一瞬にして静まりかえって、元の静かな部屋に戻る。
夫:じゃあ翔太、いこうか
息子:え?
夫:ん?
息子:おとうさんと行くの?
夫:うん、どうした?
息子:・・・なんで?
夫:え、なんでって?
息子:え、だってまだ、話し合いもしてないし
夫:話し合い?
0:間
夫:じゃんけんしたじゃないか
妻:じゃんけんしたじゃないの
0:間
息子:ん?
夫:ん?
息子:え?
妻:ん?
息子:ん?
夫:え?
0:間
息子:・・・え?
夫:どうしたんだ翔太、いくぞ、お父さん会食だから急がなきゃ
息子:え、いやいやいやいや、ちょ、ちょっとまってお父さん
夫:ん?どうした
息子:え?ん?
息子:あれ?
息子:ちょっとまってね・・・
妻:どうしたの翔太
息子:いやいや、その、いや・・・
0:間
息子:あの、確認なんだけど
息子:おとうさんとおかあさんはその・・・離婚、するんだよね?
夫:ああ、そうだよ
妻:離婚なんて言葉知ってたのね
息子:うん、うんうん、テレビでね、やってたからね、離婚・・・
息子:で、ぼくは、おとうさんと、おかあさんのどちらかと、一緒に住むってことだよね?
夫:お父さんと住むんだぞ
妻:お父さんと住むのよ
息子:あ、いや、ちょっとまってね
夫:どうしたんだ翔太、なんか話し方変だぞ?
息子:あーそうだよね、なんか、動揺しすぎてね、なぜかね、こんな話し方になってるわけだけども
妻:動揺?どうして動揺しているのかしら
夫:どうしてなんだ?
息子:えっとね
息子:二人が離婚するのは、まあ、うん、しょうがないよね
息子:仲悪くなっちゃったんだもんね
息子:お互いの生活がかみ合わなくて、すこーしずつたまっていったフラストレーションがね
息子:やっぱりほら、好きな人と付き合っても、結婚して子供が出来るとまたね?価値観も変わるし
息子:父親にも母親にも役割ができてくるからね
夫:翔太?
妻:大丈夫?
息子:えっとうん、大丈夫
息子:大丈夫なんですけど
息子:それでーえっと
息子:で、僕が、どっちかと一緒に暮らすと、うん、そこまではわかるんだけど・・・
0:間
息子:え?じゃんけんで決めたの?
夫:ああ、じゃんけんで決めたよ
妻:ええ、じゃんけんが一番公平だものね
0:間
息子:あれーー、おかしいなーーー
息子:えっとさ、あのさ・・・
息子:え、じゃんけんで決めるの?
夫:しつこいな翔太は、そう言ってるじゃないか
妻:で、おとうさんが勝ったから
夫:お父さんのおうちに一緒に行こうね
息子:いやー!あの!
息子:あれ?これ僕がおかしいのかな・・・
息子:あのさ
夫:なんだ?
息子:じゃんけんでいいの?
夫:どういうことだ?
妻:じゃんけんでいいのって?
息子:あーそっか
息子:だから、その、じゃんけんで決めるのは、ちょっとあんまりじゃないかなって
妻:あんまりって?
夫:あんまりよくないってことだろ
妻:わかってるわよそんなの
夫:で、どうすればいいんだ?
息子:えっ、話し合わないの?
夫:誰が?
息子:お父さんとお母さんが
夫:俺とおかあさんが?
妻:話し合うって何を
息子:そこまではわかんないけど
夫:それじゃあ翔太
息子:うん・・・?
夫:お父さんとお母さん、どっちと住みたい?
息子:それは・・・
妻:おかあさんよね?
息子:え・・・
夫:お父さんだろ?
息子:えっと・・・
息子:うーん・・・
妻:決めるの難しい?
夫:難しいよな、どっちとも仲良しだもんな
息子:うん・・・
妻:だからじゃんけんなのよ
息子:いやだからさぁ・・・
夫:なにが不満なんだ・・・
息子:いや、その、なんか、一回のじゃんけんで決まるのはちょっとと思って・・・一応僕も人生かかってるわけで・・・
0:間
妻:あー・・・
妻:そういうことか・・・
息子:そうそう・・・
妻:3回勝負ならいいって事ね?
息子:ん?
妻:そうならそうと言ってくれればよかったのにー
息子:あの、おかあさんそういうことじゃ
妻:そうよねーわたしもまだちょーっとじゃんけんしたりないなあって思ってたところなのよ
息子:じゃんけんし足りないってなに?
妻:そうよねーもっと私たちのバトルみたいわよねー
夫:おい、お前自分が負けたからって
妻:あーうんうん、翔太がそういうなら仕方ないわね、あと2回じゃんけんしなきゃあおさまりが付かないわよねー!
夫:汚いぞ!!
息子:汚いぞ!!じゃないよ!ちょっと落ち着いてって!
妻:じゃあ行くわよ、じゃーんけん
夫婦:ぽん!
夫:かー!負けたー!
息子:お父さん!
妻:よーしよしよし、勝ったわよー!
息子:お母さん!!
夫:これは逆転勝負もあるんじゃないですかねー藤子(とうこ)さん!
息子:ちょっと、お父さん!
妻:いやいや、まだまだわかりませんぞー竜彦(たつひこ)さん!
息子:おかあさんってば!!
妻:いくわよー!さーいしょはグー!
妻:じゃーんけーーーーん!
夫婦:ぽん!!!!!!!!!!!!!!!!
0:あいこ
妻:ええええええええええ!!!!!!
夫:どひゃああああああああああああああああ!!!!!
妻:ここであいこ来ますかあああ!!!
夫:いやー!じらしますねえええ!!!
妻:実況席倉持です、いやーここで延長戦ですねー、いかがですか解説の倉持さん!
夫:ええ、ここからがふんばりどころ、体力との闘いになるでしょうねえ!
妻:そしたら延長戦いきますよー!!
妻:さーいしょはっ
息子:二人ともってば!!!
夫:なんだ翔太!
妻:どうしたの翔太!
息子:仲良しじゃん
0:夫婦、顔を見合わせる。
SE:コピー用紙が破かれる音。
:暗転