夜想曲集
2015.03.19 05:37
『夜想曲集』 カズオ・イシグロ 土屋政雄 訳
“わたしみたいにとくに才能に恵まれてない女にも、チャンスがないわけじゃない。目立てる場所がある。その他大勢の一人に甘んじることはない。簡単なことじゃないし、必死でがんばる必要があるし、他人の目なんか気にしてちゃだめだけど、でも絶対にチャンスはある”
“パーティにいるとするでしょう、ダンスパーティに。スローダンスが始まって、心から一緒にいたいと思う相手と踊っているわけ。これで十分、部屋にいるほかの人なんてみんな消えてしまっていい……そう思うけど、実際はそうならない。そうはならないのよ。いま腕の中にいる人が最高。ほかに半分もすてきな人はない。それはわかっているのに、部屋にはいろんな人が大勢いて、そっとしておいてくれない。大声で呼び、手を振り、ばかげたことをして、こっちの気を引こうとする。〝おい、なんでそんなので満足してるの? もっとなんとかなるんじゃない? こっちをご覧よ……〟って。しょっちゅう、そんな声をかけてくる。もう絶望的。好きな相手とだけ静かに踊っていたいのに、それができない。”
「サブタイトルは音楽と夕暮れをめぐる5つの物語」。
どの話も静かに上品に、でもエグくて救いのない男女のすれ違いが描かれている。
特に好きだったのは、上の引用をした『夜想曲』。往年のセレブとふるわないサックス奏者が夜の冒険で繰り広げる密かな冒険物語なのだけど、このヒロインの腹の決め方がかっこいい。