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さいたま自死遺族の集い*星のしずく

家族揃って

2021.01.12 00:08

2017…年明け1月12日に娘が自ら他界してから、まる4年経ちました。


ぶっちゃけその後私は、よく気が狂わずに生きてきたものだと、ふと立ち止まり、『4年』という年月とともに今ある自分と周りを見回していたような、この2021年お正月でした。


そっと静かに顧みることができるようになったことに驚きです。

なにより、家族(主人と長女)の顔をしっかりと見れるようになっていたことにも。



次女の亡骸と対面したときの、主人の大泣き顔。

長女の悲鳴にも近い泣き叫び声。

当初の頃は悲惨な場面を重ねて思い出されるのも苦しくて、普段の生活でも彼らの顔を見れないで過ごしてきたように思います。


今でも勿論辛い記憶ですが、少しずつ断片化してきていて、なんとか耐えられるようになりました。


よく踏ん張ってきたね… と、(なんと)言葉に出して主人に声かけしている自分にも驚きです。

あの日の悲しい記憶は心に深く刻まれていても、その後過ごしてきた日々の風が運ぶ新たな思い出たちに、少しずつ埋もれていくような感じ。

(強風のイタズラで、ふいに刻まれたものが覗いてしまい、ドッキリすることはありますが)




次女が亡くなってからは、家族4人の恒例行事であった大宮氷川神社への初詣に、主人と長女は行きません。

ずっと私一人だけで、日にちをズラし、 賑わう人を避けるように参拝してきました。


1年目は本当に一人ぼっちであること、家族の気持ちがバラバラになってしまったことを痛感しながら。


2年目は亡き娘を一緒に連れて行く!という気持ちだったと思います。


3年目は亡き娘を自然に心に伴い、帰りには…かつて家族四人で立ち寄ったジャズ喫茶(夜はbar)に入り、“二人”で思い出を食しました。


4年目の今年は………


実際は“一人初詣”であっても、家族4人揃って参拝できたように思えたのです。

たぶん気持ちの向く方向が、足並みと同時に揃いつつあるような、やっとそこに立てることができたのかな、と。


それは本当にラッキーで、個人の努力だけではどうにもならない、奇跡的なことかもしれません。

神社で手を合わせときに思ったのは、他のなにものでもない家族や仲間、出会ってきた皆様への感謝でした。


📷コロナ禍の影響で、閑散とした参道。

(多少皮肉にも)今の自分にはとてもしっくりときました。

たくさんの人に助けられながら(特に出会ってきたご遺族さんたちの想いに)足元を照らしてもらいながら、なんとか正気を保ち、歩いてこれていることにも重なったのです。


帰りはどこにも立ち寄らず、家路を急いだ2021新春。

一年半前から居ついた保護猫たちが、有り難いことに首を長くして待っていてくれますから。

📷去年11月に長女は巣立ち、東京都内で生活を始めたので、現在は主人と二人&ニャンズ二匹暮らしです。

たとえ離れて暮らすことになっても、生きて居る家族の足並みが揃ってきたのは、このニャンズの影響も大きいです。


亡くなって居る次女へ向かう気持ちは、家族皆まったく同じとはいかなくとも、少しずつでも足並みが揃っていくのは心の平穏にも繋がり、他界した大切な者の冥福にも繋がるように思えました。


📷祥月命日前に、中学校の先生たちが弔問にいらしてくださったときにいただいた生花をむしりとるニャンズ!


📷折られた花を移し変えてテーブルに飾っても、またヤってくれてます(^_^;)💨。

ある意味、気を紛らわしてくれるアクシデント作りの名人(名猫)たちにの存在は絶大。

亡き娘の部屋を気に入って、お昼寝場所になっていることも有り難いです。


時々遊んでくれているとよいな。

亡くなって居るゆうちゃんとも。

星のしずく*管理人



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