「僕の洋服で、愛が増えたら」 謎のブランド「SYU.」デザイナー小野秀人インタビュー(後編)
「究極の話、自分の作った服を売って稼いだお金で、人の作った服を買いたいんです。自分のブランドの服ばかりを着ているんじゃなくて、やっぱり、尊敬するデザイナーの服を着たい。ファッションが好きだから」
昨年デビューしたばかりの新進デザイナーズブランド「SYU.」を手がける小野秀人は、そのユニークなバックグラウンドがコレクションに大きな影響を与えている。芸能活動、ストリートで話題をさらったソックスブランドの仕掛け人を経て、満を持してファッション界に正面から切り込むコレクションを発表。今季で3回目のシーズンとなる彼に、これまでのキャリアやデザイナーとしての野望を等身大の言葉で語ってもらった。
満を持してデビューさせた「SYU.」
失敗を繰り返しながら学ぶこと
─やっと「SYU.」の話にたどりつきました(笑)。
「これからどうしようか悩んでいたときに、KIDS-COASTERという会社にあるtiit tokyoというブランドのデザイナー、岩田翔くんと滝澤裕史くんに出会いました。僕も今はそこに所属させてもらってるんですが、ふたりとも同年で、もともと滝澤くんとは友達だったんですよ。僕の貯金がそのとき70万円ぐらいあったので、ブランドやってみたら?と言われたんです。今までのキャリアやコネクションもあるし、フォロワーもいるし、ストリートブランドをやっていても限界がくるから、生産やデザインのノウハウを学ぶべきじゃないかと」
─実際に、“洋服”を作ってみてどうでしたか?
「パタンナーという言葉も知らないところからのスタートでした(笑)。まずノートに絵を描くところから始めて。生地を買うということは分かるけど、ジップとかボタンが別とか、オーダーの仕方も何も知らなくて、完全になめてましたね。最初の展示会では10型くらい作って、今までの経験があったので300人くらいは来てくれたんです。友達は買ってくれたけど、お店からオーダーがつかなかった。なんとか2回目の制作には移行できましたが、生地を頼みすぎて莫大なお金を損したり、まだまだ失敗を重ねてました。それでも試行錯誤しながら続けたら、2回目の展示会で4店舗オーダーがついて。そのおかげで、会場費やカタログ制作なんかにも少しずつお金がかけられるようになっていった。地道です、本当に」
─「SYU.」はどういうテーマのブランドなんですか?
「秀人という名前は、母親が優秀な人になりますようにってつけてくれたんです。そこから、優秀な人が織りなす優秀な洋服という希望をこめてSYU.と名付けました。もともと僕はストリートの人間だし、ユースカルチャーの中にいたと思っているんですが、そこに上品さを加えたようなブランドにしたかった。日本での目標ですが、ドーバーストリートマーケットに置かれるような質のいい洋服にしたいなと。大人の装いなんだけど、感覚的に若くいるってことを表現したかった。例えばかっちりしたジャケットだけど、あえて変な色にしてみるとか。そういう“フックがある”っていうのも自分の中では大切なんです」
─フックがある服って、面白い言い方ですね。
「みんなが同じベーシックな服を着てたら会話が生まれないじゃないですか。それどこの?っていう会話から始まる人間の愛とかコミュニケーションが、僕の洋服を着ることで増えればいいなって。それで仲良くなったり愛が生まれたりしたら、最高じゃないですか(笑)。何も会話がなかったときに、視覚的刺激で惹きつけることで、コミュニケーションが生まれる。それは、“FUCK”のアイテムを作っていたときから自分がやってきたことで、僕にとってすごく大事なこと」
─コレクションのアイデアはどこから来る?
「2016AWコレクションはキーワードから引っ張っていて、“mood”っていうのがテーマ。日本語では雰囲気とかそういうものを指すけど、海外でいうと気分とか、そういうことなんですよね。“Monday mood”とかも、月曜日は気分が落ちるから明るい服を着る、みたいな使い方をしたり。それってすごくいいなと思って、こういう気分のときに着たい、こういう雰囲気の中で着たいっていうのを両方かけあわせたイメージです。そういうふとしたアイデアから広げていくことも多いですね」
ある程度自由なお金が欲しい(笑)
稼いだお金で自由に服を買いたい
─自分が目指すデザイナー像は?
「RAF SIMONSが一番。彼は革命家だと思います。それから、J.W.Anderson。ジョナサン・アンダーソンは振り切ったものも作るのに、LOEWEで発表したコレクションもすごくクリエイティブで。爆発的な表現を持ち合わせたデザイナーが、そういう部分を抑えているコレクションっていうのがすごく好きなんです(笑)。Vetementsのデムナ・ヴァザリアとかもそうですよね。Balenciagaで真逆のことをやって、自分が敷いたレールにまた違うレールを敷いていく。すごくいいなと思います」
─今後の野望はありますか?
「いつかショーをやりたいですね。今の日本のファッションウィークって、デザイナーがショーを見に行かないでインフルエンサーばかりがフロントロウにいるじゃないですか。それって全然面白くない。もっとメディアの人やデザイナーにいい席で見てもらうべきだと感じる。じゃないと誰も出たいなんて思わないじゃないですか。僕が今後やりたいのは、絶対に日本のファッションウィークに出ないような偉大な日本の先輩デザイナーブランドを集めて、ホールを貸し切って観客からもお金を集めて見せること。ロンドン、ミラノ、パリ、NYときて、そのまま東京につながっていくような。大きな口を叩いてますが、そういうこともできたらいいなと思います。ちゃんとムーブメントになるファッションショーをやりたい」
─ファッションへの興味は尽きない?
「尽きないですね。買い物するのが楽しいし、洋服を見るのが好き。究極の話、自分の作った服を売って稼いだお金で、人の作った服を買いたいんです。やっぱり、尊敬するデザイナーの服を着たい。自分のブランドにしか興味がないっていうのじゃなく、ファッションが好きだから。僕の服がたくさん売れれば、作れるものもどんどん自由になっていくと信じてる。だから、お金が欲しいです(笑)。そしてあくまで理想ですが、アントワープやセントマーチンズに留学して服作りやクリエイトをイチから学びたいとも思ってます。できることならRAF SIMONSやMaison Margielaでインターンを経験してデザインを学びたいって本気で思ってます。そういうビジョンを持ちながら、今は目先のことをしっかりやる。既存店さんや友人、周りの人を大切にしながらブランドを広げていけるように頑張りたいです。そして、きっかけをくれて、今も面倒を見てくれているKIDS-COASTERの皆さんに恩返ししたいですね」
2017ss Collection
-A loner-
2016.09.27〜10.02 都内にて開催。
photography : 伊藤元気 / Genki Ito(symphonic)
coordinator : 栗田祐一 / Yuichi Kurita(NEWTHINK)