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シンガポール歴史散歩@Syed alwi road

2021.01.27 02:15

サイド アルウィ ロードは1850年に作られた道路で、もともとはジャラン バル(ニューロード)と名付けられ、1924年までは沼地を通過していた田舎道。

そのジャラン バルは1900年代初頭に中東のイエメン出身のシエド アルウィ ビン アリ アルジュニード(1845-1926)にちなんでSyed Alwi Roadと改名。

1819年にスマトラ州のパレンバンからシンガポールに初めて来たアルジュニード家はトレーダーや土地所有者としての地位を確立。シンガポールで有名な家族は道路だけではなく、地区全体が彼らにちなんで名付けられたという。

平和正義者のサイドは第一次世界大戦後の都市化の第一段階としてジャラン ベサール地区にいくつかのショップハウスを開発したのだそう。

アルジュニード家、他のイエメンのアラブ人は、シンガポールで非常に重要なコミュニティを作り、約10,000人のアラブ系シンガポール人がいるそうで、これらのアラブシンガポール人の大半は、今のイエメンのハドラモート出身のハドラミの人々だという。

この通りで一際、美しいのが↓

数件だけ家の窓枠に特徴がある。

セラングーンロードとビクトリアス トリートを結ぶ場所にあって、オールドマレイ墓地の辺りからジャラン スルタンと名前が変わる。

通りを歩くと、セラグーンロード側はムスタファセンターもあって、インディアンチックだけど、南下するとチャイナ的要素が濃くなって来る通りでもある。

ユニークなホテルThe Vagabondがあるのもこの通り。

現在はThe Vagabondのジムとして使われているショップハウス。1924とあるが、よ~~~く見ると1が反転してしまっている。これはこの工事にあたった労働者が読み書きが出来なかった可能性があるとのこと。