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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

黒人奴隷3-ヴァージニア奴隷法

2021.01.16 10:53

1705年、ヴァージニア植民地で、最初の体系的な「奉公人・奴隷法」ができた。黒人奴隷は、最初は年季奉公で自由になることもできた。ところがインディアンを殺して、労働力不足に陥ったプランテーションでは労働力確保のために黒人奴隷が固定されていく。理由は野蛮を矯正するためであった。

宣教師たちは、黒人にもキリスト教に改宗させたいと思った。しかし伝統的に、キリスト教徒は自由人である。このため農場主達は、黒人にキリスト教を教えることに反対する。洗礼などもってのほか。何とこのために、宣教師達は、キリスト教徒でも奴隷ということで妥協したオイオイ。そして聖書にも奴隷が書かれているという、何という聖書主義!

1705年の法律では、その国においてキリスト教徒でなかった者は奴隷となる、とはっきり書かれた。待て待て、じゃあアメリカで生まれた子供はどうなんだ、といえば、子供は母親の身分に従うとなっている、いや結局奴隷じゃん。

奴隷は逃亡をしたり反抗したりしたが、それは野蛮の印とされた。そしてそのための罰も矯正のために当然とされたのである。ついでに言うと、黒人女性は白人によって性的搾取をされた。それで混血の子供が生まれることもある。そのために「ワンドロップルール」が作られた。一滴でも黒人の血が入れば黒人である。

下は最初の頃の黒人奴隷市場