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五郎のロマンチック歴史街道

父が他界しました。

2021.01.19 01:10

五郎のロマンチック歴史街道を読んでいてくれている皆さん、いつもありがとうございます。

実はこのブログは海外に住む娘の紀子が、父・五郎の歴史資料をもとにアップデートしています。


父は2017年の4月に膵臓癌摘出手術を受け、その後2018年5月腹膜に転移再発、また2020年10月警部骨部背中の骨に転移し、抗がん剤や放射線治療を受けてきました。


発見当初はステージ1で、殆ど治る、との見解を受けたそうです。ですが手術時に浸潤している事がわかり、ステージ3と言われました。


それ以来入退院を繰り返し、抗がん剤の副作用で意識不明になったり、東京で新しい病院にチャレンジしたりと、長く辛く続いた闘病生活でした。

それも終止符を打つ事となり2021年1月18日に永眠致しました。


最期はこのコロナの時代ですので、直接会う事はできませんでしたがオンラインで家族全員で看取る事が出来ました。

眠るように幸せな顔をしていたのでやっと痛みや苦しみから解放されたかと思います。


父は退職後、この歴史の勉強を熱心にライフワークとして取り組んでおりました。地域の歴史や郷土史を通し、新しい事を知るのが本当に楽しくて

『いつもこんな過去・歴史があったんだと驚くよ』

『こんな立派な人が加古川に居たんやなあ』

と嬉しそうに話ていました。


私は正直その歴史の内容よりも、そういったウキウキした父の姿を見るのが好きでした。

特に最期の方は入院中にオンラインチャットで話を聞きながら『へえ、そんな事があったんだね』と話をしながら一緒にブログを更新していました。


ブログを開いたきっかけは、私事とはなりますが、海外に居て両親になかなか会えないという申し訳ない気持ちから、父の歴史資料を世に出し、出来るだけたくさんの人に見てもらって後世に残せたらいいのでは、と提案しました。


そうしないと、せっかく情熱と時間をかけて作成した資料が父のパソコンに埋もれてしまうだけだと感じたからです。

その時はすでに余命は1年以内だと聞いていました。


父はとても喜んでくれ、『調べた先のご先祖様に供養にもなるからよかった』と話していました。


父は興味や疑問があればいつも自分の目で確かめ、足で歩いてたくさんの人にインタビューをし、耳で聞いて深堀りする事に努めていました。


お寺のご住職さんや代々続く老舗旅館の女将さん、歴史に詳しいお友達などから話を聞く事で、充実した老後を過ごしていたようです。


また自身の小さな頃から過ごした加古川の、懐かしい場所や何でもないような石碑から歴史を調べる事にも情熱を捧げていました。


『貧しい時代だったけど、この時の想いでは、いっぱいある。』


とよく子供の頃の苦労話を聞かせてくれました。


郷土史好きが高じ、地域の方に自分の調べた内容を講義するというボランティア活動も始め、たくさんの方に来て頂きました。

それが話題になり、地域の新聞等に掲載させて頂き、またさらに歴史の講義に足を運んで頂く方も増えました。


体調を崩した後も抗がん剤と並行しながら頑張っていたようです。

『頭丸坊主、眉なしのむきだしてやったけど、素でやって気が楽になった』

と楽しそうでした。


実家に電話をするといつも父はパソコンに向かい作業をしていたので、熱心に資料を作っていたようです。


以下は実際に講義で配っていた資料です。


このブログは、姫路歩兵三十九聯隊のシリーズが終われば、とりあえず更新はなくなるかと思います。

最後に父が自宅に居た時、全部今まで作った資料を送ってもらったので、あとは姫路歩兵三十九聯隊を小分けして更新していきます。


参考資料に、モニュメントについての本もありますのでよろしければご一読ください。

数あるブログの中から、父のガイド書を読んで頂き本当にありがとうございます。

天国で喜んでいると思います。

このブログが一人でも多くの方の目に止まりますように。