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福島への想い

2017.11.09 05:50

こんにちは明後日で東日本大震災から6年8カ月の月日が経ちますね。その翌日に、福島県の現状の視察をさせていただけるので、今の心境を綴っておきますね。あの日は、家に居て子どもの帰りを待っていました。かなり長く、それも円を書くように揺れて、住んでいたマンションのエレベーターは、地震と点検中が交互に点滅していた。そんな表示は初めてだった。しかしそれからでは現実とは思えない様な津波が次々に陸へ伸びて来る、また海水が増してくる映像を、山へ避難していく方々などを流し出した。我が家にも買い置きしていた、いざという時にと言ったものがあったけれど、それは今だと感じました。ネットの掲示板などで、個人的に買い置きしていた物を放出したり、手作り品をまわりから募って届けてもらったり、自分も編んだりスクールバックを手作りしたりした。寄付もかなりした。それでも何も無くしていない私たちはとても恵まれていると感じた。秋のPTAの祭りでは、募金箱を用意して、被災地のアサヒグラフの写真集も販売したんだ。何か突き動かすものがあったんだ。何かしなくてはいられない。会った事のない人だからこそかもしれない事実、千葉の友人も被災していて大変だったそうだが、私の関心は、不特定多数に向けられていた。困っている人の力になりたいそんな思いだったすべてないから何でも良いのだろうと言う判断はやはり甘かった。古着は迷惑だからと言う情報も流れ、しかし主人の背広は去るところから要請があり送りました。使いかけの文房具は多分途中の方のところで処分されたと思う。最初のうちは着古したものでも使いかけの品でも良かったんだろうが、だんだんと新品を皆さんも送るようになり私もそうした。アマゾンや引越し屋さんのトラック便や県民センターのボランティア瓶に載せてもらって。民間レベルでの寄付品は、開封して貰えないってきいて、個人的なやり取りをした。中には騙されるかもと思うようなものもありましたが、区別してる余裕はなかったです。大金叩いて送った化粧品は使って貰えたかな?なかなか泥かきには行く体力も時間もなかったからそんな形でしか支援出来ませんでした。そうこうするうちに、放射線の被害がこちらでも確認されて、雨水や落ち葉が心配になって来ました。こちらも他人事ではなくなってきたのです。また、避難所では医師看護師は需要がありました。資格を持っているという事はとても大事だと思いました。それから3年後、私は介護福祉士の資格を取得しました。親に何かあった時のために始めた仕事でしたが、非常時には、資格が大切だと感じたからです。だんだんと復興してくるのが、欲しているものからもわかりました。娯楽品や編み物の道具などです。これからは、彼らの生活を支える為の生産物を購入する事が支援なんだと思いました。