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日本男声合唱史研究室

第65回 東西四大学合唱演奏会

2016.06.26 15:00

2016-06-27

 隔年で関西と関東で開催される,日本で最もレベルの高いアマチュア男声合唱の饗宴である東西四大学合唱演奏会(以下,四連)。現役の頃は,1980年前後で各団とも人数が多く,オンステで70名近かった。指揮は慶應ワグネルの木下保,同志社グリーの福永陽一郎,関西学院グリーの北村協一,早稲田グリーが迎える小林研一郎などの客演指揮者と男声合唱界でのベスト布陣。至福の時を過ごせる演奏会だった。

 就職してからは余裕もなく,1982年の演奏会(木下保先生が最後にワグネルを振られた年)を最後に行く事が出来なかったが,実に34年ぶりに生で聴く事ができた。関学と同志社は最近の定演にも伺ったので大体のイメージはつくが,早稲田と慶應はほんと,久しぶりである。昔は昼と夜の2回公演だったのが1回に。パンフレットは全頁カラーになり,しかも広告がない。財政的には恵まれている様子。

 まずはエール交換,各校とも校歌がかっこよく,また,失礼ながらその年のレベルをうかがい知る事ができるので,いつも楽しみにしている。四連ともなると,お互いのライバル意識も火花を散らし,「俺のとこの方が良い発声だ,ハモってる,迫力がある」と主張しているようで更に面白い。80年代は特にそうだったのだけど,今回はそのような力みもなく,比較的端正に歌っていた。各団とも一時,人数が激減して苦しい時期を過ごしたようだけど,ある程度の人数を確保できているようで,厚みと安定感がある。ワグネルの第一声は「ああ,合唱の演奏会が始まる」と感じさせてくれた。同志社は伝統のテノールだけど,a母音が開いて前に出てしまう。早稲田,日本一有名な校歌を迫力満点のユニゾンで始めるが,二番で四声になったとたんにもたつくのはどういうことか。関学,あいかわらずアンサンブルのうまさはピカイチ。

 1ステージは,ワグネルの「男声合唱とピアノのための『ジプシーの歌 作品55』」,ドボルザークの作品を福永陽一郎が編曲したもので,畑中良輔先生が指揮するワグネルの十八番だった。今回は正指揮者の佐藤正浩先生が振られ,実に丁重な音楽作りで「ジプシーの世界」に引き込まれた。イギリスの国民投票で移民の問題が争点になったように,ジプシーも差別用語だとされているが,正直,この歌詞と音楽のどこに差別があるのか分からない。ドボルザークが彼らの世界に深く共感し,音楽的感動に根ざして作曲している事がひしひしと感じられる。

 実は,聴く前はワグネルのことを一番懸念していた。2000年頃に四連のCDを手に入れ,ワグネルの演奏を聴いて愕然とした。弱々しい声,決まらないハーモニー,精彩を欠くフレーズ。畑中先生の指揮とは思えない,また,ワグネルとは思えない,三流の演奏だった。今回聴いて,完全に「復調」しているワグネルに鳥肌がたった。これが伝統の力だろうか。発声が素晴らしく良く,再び四大学随一になったと思う。昔のように「ワグネルが一声歌い出せば,会場がざわめいた」とまでは言わないが,頭声の芯がある。昔のワグネルは発声の重心が低く,テノールもハイバリトンのようで,全体がバリトン四重唱の趣だったけど,現在はボイストレーナーの小貫先生の指導によるものか,重心が上がってテノール寄りである。バスに物足りなさはあるものの,これは昨今はどの男声合唱団でもそうだ。47名の演奏。

 第2ステージは,同志社グリーの「男声合唱とピアノのための『三つの時刻・路標のうた』」。三善晃の曲を,技術顧問の伊東恵司先生の指揮で。33名と今回の最小編成のためか,声の迫力で勝負する事を止めたように思う。それが奏功して,実に練られたフレージングときっちり決まるハーモニー,聴いていて気持ちの良い合唱だった。学歌でみられた母音により共鳴点がずれてぎくしゃくする事もなく,好演。

 「三つの時刻」は,1963/12/7・8に早稲田大学グリークラブの定期演奏会で初演された。前年に日本女子大学が「三つの抒情」を初演しており,対をなす作品と言える。しかし,その後に早稲田大学グリークラブがピアノ譜を紛失するという大失態をおかし,1986年に法政大学アリオンコールが早稲田の定期演奏会録音からピアノ譜を採譜・復元した。録音はモノラルだったようだけど,よほど耳の良い方がおられたのでしょう。同志社は1970年台初頭に人数が激減した時にも,福永先生が編曲された「三つの抒情」を好演しており,三善作品とは相性が良いのかもしれない。

なお,「路標のうた」は法政大学アリオンコールと関西大学グリークラブのジョイントコンサート(法関)で1986/6/15に初演された。

 休憩を挟んで,第3ステージは早稲田大学グリークラブの「男声合唱とピアノのための組曲『ハレー彗星独白』」。指揮は客演の藤井宏樹先生で,44名(46名だったかな?)。この曲は1997/11/30の早稲田大学グリークラブの定期演奏会で初演された。作曲は鈴木輝昭先生で,初演の時は全曲が完成したのは定演の1週間前で,それが「竹林孵卵」という難曲で,大変だったらしい。今回はそういうこともないはずだが,フレーズがピアノとフォルテでのみ構成され,日本語の息遣いが感じられなかったのは残念だった。大岡信さんの詩だから,もっと表現できると思うのだけど。声の力は立派でユニゾンの迫力があり,アカペラ部では他団にない重厚な音を鳴らしているのに,もったいない。

 他団が人数を減らしていたとき,早稲田グリーは大人数を維持していた。このような難曲を委嘱するなど,大学男声合唱を支えていたし,取り組みによっては他団が抑えていたポジションに進出する事も出来た。1980年代は,超絶重厚なベースと緻密なアンサンブルの関学,シェアなテノールの同志社,発声の行き届いた慶應に,合唱の生態的ポジションを抑えられて大変だったと思うのだけど,90年~2000年はオンリーワンの地位にあり,どのような形にもつくる事が出来たのに,結局基本的なところで変わることがなかった。常任指揮をおかないことに一家言あるのだろうけど,他団が結局は以前のポジションを抑えてしまったので,今後どうするかは難しい。

 第4ステージは関西学院グリークラブ「現代作曲家による宗教曲集」を技術顧問の広瀬康夫先生の指揮で。人数は63名ぐらい。単独ステージで唯一の無伴奏ステージだが,アンサンブルのうまさは憎いほど。決してバランスを崩さず,倍音を鳴らして縦横がきっちりそろい,全く揺るがない。

 Nearer My God To Theeのバーバーショップアレンジも突然曲が終わるところの切れ味の良さ。Eric Whitacre のLux Aurumque の複雑な和音の鳴りなど,言う事ございません。Franz Biebl のAve Mariaは,なにわコラリアーズがコーラスめっせで演奏されたのを聴いたが,関学のほうが節度があり宗教的だった。

 休憩を挟んでの合同演奏は,A Beatles Celebrationと題して,バーバーショップ編曲されたビートルズナンバーのメドレーで,広瀬先生の指揮だから,当然動きがつく。200人近いメンバーによる演奏は圧巻。照明も駆使して,面白うございました。以前の合同は,オペラ合唱曲とか,アイヌのウポポとか大人数向きの曲を演奏することが多かったけど,いろいろ工夫されている。予想されたとはいえ,壇上ぎっしりの200人が本当に動き出すとは思わなかった。広瀬先生が関学の学生指揮者の時,定演で「BEATLES NUMBERSより」というステージを振られたので,静止して歌うタイプのステージかもと思ってました。

 ステージストームは,慶應がスメタナのSlavnostni sbor(祝典讃歌),同志社はメンデルソースゾーンのBeati Mortui(美しきかな,死者たち),早稲田は斎太郎節,関学はU Boj!。同志社以外はストームの曲が決まっているようで,同志社がひとりで毎回違う曲で変化を付ける役を担っている様子。ご苦労様です。

 日本民謡の合唱,アンコールや合同では以前は清水脩の「最上川舟唄」が定番だったけど,最近は聴かない。斎太郎節が一般的になっているのは,恐らく,早稲田が歌い続けている事に由来するのでは,と思う。

 久しぶりの四連,本当に楽しめました。早稲田に厳しい事を書いてしまったが,ポテンシャルが高いのに,もったいない。一皮むけて欲しい。2年後を楽しみに。