福井一「音楽の感動を科学する」
2015-02-20
化学同人から出ているDOJIN選書の一冊。音楽を聴いて感動する,その時に脳はどう反応しているのかを知りたくて買った。
著者の執筆動機は,「モーツアルト効果というインチキ化学に鉄槌を下す」ことにあったそうだ。その話はコラムの一つに集約され,脳と音楽の関係について分かりやすく説明されている。大変面白かったのは,音楽能力とテストステロン(男性ホルモン)に関係があるという話(音楽能力とは何か,という詳細はここでは省略)。
テストステロンは,もちろん男性の方が多い。そして男性の場合,テストステロンが少ないほど音楽能力が高い。極端に言えば「女性的な男性」の方が音楽能力が高いと言うことで,私のような年配の人間には分かる気がする。ところが女性の場合はこれが逆で,テストステロンが高いほど(「男性的な女性」であるほど)音楽能力が高い(高いと言っても男性を越えることはない)。どうやら,音楽においてはテストステロンの最適値が存在する。
音楽を聴く場合はどうか。音楽の種類を問わず,男性ではテストステロンが下がり女性では上がる。つまり,音楽を聴くと男女は「中性化」するのだ。
これらの実験結果を元に著者は「音楽のホモ・カントゥス仮説」,つまり音楽は種が生き残って子孫を残していく役に立つ,という説を提唱している。ここで,音楽を聴いて感動し気持ちよくなると,男女が中性化し,攻撃性や性行動をコントロールすることが社会集団の継続に役立つ,としている。つまり,音楽とは生存と無関係の余興的な行為ではなく,生存そのものに関わる営みである,とのことだ。音楽または音楽的なものを持たない社会が無いことからすると,また男性ホルモンの実験結果からすると,「なるほど」と思われる説だ。ちなみに,音声行動と男性ホルモン(テストステロン)の関係は他の動物にもあるそうなので,人間に限った話ではないようだ。