【代表談話】SRGMを人権侵害に利用する「ピンクウォッシュ」に反対します
私は、本会の綱領にある「あらゆる性・恋愛・ジェンダー少数者(SRGM)の正当な権利を、他の何者をも犠牲にしない正当な方法で実現させる」という目的を達成するために、今の世界で危惧すべきことについて、見解を認(したた)めさせていただきます。
今年1月20日、ジョー・バイデン氏がアメリカ合衆国の大統領に就任されました。私は、LGBTQに関する政策を外交においても優先的に取り組むという彼の方針には、アメリカの同盟国である日本を含む世界中のLGBTQ等のSRGMの地位向上に貢献するのではないか、という期待をしています。
しかしながら、こうした政策が新たな人権侵害の原因となることがあってはなりません。私たちは「他の何物をも犠牲にしない正当な方法で」の権利保障を求めているのであり、また、実際私たちは誰かを犠牲にすることなど求めてはいないのです。
なぜこうした当たり前のことを述べたのか、と言うと、セクシャルマイノリティの権利を口実に人権侵害を肯定する「ピンクウォッシュ」という現象が今、世界の各地で行われており、そして、バイデン大統領の言動にもそれを危惧させるものがあるからです。
バイデン大統領はピート・ブティジェッジ元インディアナ州サウスベンド市長を運輸長官に任命する予定です。同性愛者であることを公言する人間がアメリカ合衆国の閣僚になるのは初めてのことであり、このことはSRGMの歴史において画期的なことです。しかしながら、画期的なことであるからこそ、それがピンクウォッシュに利用されるようなことは絶対にあってはなりません。
きわめて残念なことに、私は同盟国における初めての公言したSRGM当事者の閣僚がブティジェッジ氏であることに、戸惑いと悲しみを隠せません。
ブティジェッジ氏はサウスペンド市の市長時代に警察のトップであった黒人を解任しました。その後、ブティジェッジ市長の体制の下で白人警察官による黒人射殺事件が発生しました。現在アメリカでは白人と有色人種の間の分断が進んでいますが、ブティジェッジ氏はその分断について大きな責任があるのです。
言うまでもないことですが、SRGM当事者には有色人種も存在します。そして、多くのSRGM当事者は有色人種への差別に反対しています。そのような中、人種差別主義者の疑惑のある――少なくとも、人種差別の解消には積極的に取り組むことは無く、その上、深刻なヘイトクライムについて責任のある――ブティジェッジ氏を「最初のセクシャルマイノリティの閣僚」とすることは、ピンクウォッシュに繋がる恐れがあります。
この他にも、世界ではLGBTを始めとするセクシャルマイノリティの権利を名目に、様々な人権侵害を正当化する動きがあります。
イスラエルでは、LGBTの権利向上が進められる一方、それを名目にイスラム教徒への差別を正当化する動きもありました(ピンクウォッシュという言葉も元々このことを指して作られた言葉です)。言うまでもなく、イスラエルによるパレスチナ自治区(イスラム教徒)への攻撃は深刻な人権侵害です。
また、「ハリーポッター」シリーズの原作者として知られるJ.K.ローリング氏はイギリス労働党の党員として身体女性の権利向上のために活動をしていましたが、彼が「身体女性」の権利を重視して「トランス女性」の権利を軽視している、と主張するTRAと呼ばれる人たちがローリング氏への誹謗中傷や脅迫を行いました。
TRAはローリング氏の書いた推理小説に出てくる犯人が女装男性であることを根拠に「トランス女性差別」だと述べていますが、言うまでもなく異性装とトランスジェンダーとは別物ですし、そもそもフィクションの内容を根拠に差別主義者扱いすることが正当化されるならば「女性が犯人の小説を書いた人は女性差別主義者」ということになってしまい、表現の自由が著しく制限されます。さらにTRAはローリング氏の死亡を示唆するハッシュタグを拡散させた結果、Twitter社が「ローリング氏は死んでいない」との声明を出す騒ぎを起こしました。
このようなローリング氏への人権侵害は、言うまでもなく多くのトランスジェンダーを含むSRGM当事者が望んだものではなく、むしろ多くのSRGM当事者はこうした人権侵害に反対しています。
ピンクウォッシュはSRGM当事者と他の属性を持った人たちを対立させ、また、SRGM当事者そのものを分断させるという意味でも、SRGM当事者の権利向上に寄与するどころか、その逆の効果を生みます。
特に、アメリカではLGBTコミュニティやアセクシャルコミュニティが白人主導で運営されている結果、有色人種のカミングアウト率が低いという結果も存在しています。ブティジェッジ氏のように人種差別主義者疑惑のあるSRGM当事者を過剰に持ち上げることは、SRGM当事者の間に深刻な分断を齎(もたら)すのです。
日本でもこれは他人事ではありません。日本は単にアメリカの同盟国として今後影響を受けることが予想されるのみならず、これまでの日本においてもSRGM当事者を分断させるような動きが現に存在していたからです。
例えば、セクシャルマイノリティとは全く関係のない、しかし賛否によってしばしば感情的になりやすい話題――いわゆる「天皇制」の是非やプロライフ・プロチョイス論争等――を持ち出すことによってSRGM当事者を分断させようという動きは、かつてからありました。
さらに、ピンクウォッシュも現に存在しています。
石上卯乃氏が「(トランス女性を含む)身体男性には女湯に入ってほしくない」と言う旨の記事を書くと、TRAがトランスジェンダー差別として激しい誹謗中傷を行いました。しかしながら、多くのトランスジェンダー当事者は性自認による公衆浴場への入浴など、求めてはいません。これは表向きだけ「トランスジェンダーの権利」を掲げ、実際には多くのSRGM当事者の声を無視して行われた、卑劣な人権侵害です。
行政にもピンクウォッシュの動きがあります。長谷部健渋谷区区長は日本初の同性間のパートナーシップを認める条例の制定を主導したことで知られていますが、一方彼はホームレスの強制排除をするなどしており、LGBTに好意的な姿勢は専らこうした行為への批判から目を逸らさせるためのピンクウォッシュでは無いのか、と指摘されています。
繰り返しますが、多くのSRGM当事者は自分たちが分断されることを望んでいないのは勿論、SRGM以外の何者かが犠牲になることも、望んでいません。
私は「あらゆる性・恋愛・ジェンダー少数者(SRGM)の正当な権利を、他の何者をも犠牲にしない正当な方法で実現させる」団体の代表として、ピンクウォッシュに断固として反対することを、強調させていただきます。
日本SRGM連盟 代表
日野智貴