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カミナリなって

2021.01.24 08:36

うそ、気付いてるだろ?


窓から眺める景色に、真っ白な雲が加わる頃。

おろしたての夏服に、レモン色の太陽が反射する頃。

それは、きみに恋をする頃。


入学式、始業式、クラス替えだなんだと桜の季節はあっという間に過ぎた。

校庭にはもう蝉の声が響いている。

体育の時間がだんだん鬱陶しくなってくるのも、ちょうどこの時期だ。

生ぬるい午後の風に、机の上のポカリが汗をかいている。

五限目の英語がどうしようもなく眠い。

杉山さとしは頬杖をつきながら、器用にひたすらペンを回し出す。

眠気と湿度の高い風に煽られながら、ハンドボールをする生徒達をぼんやり眺めた。

教卓に置かれたラジカセからは、やたらと丁寧な英会話が流れる。

正直、こんなに一語一語丁寧に話す外国人がどこにいる?と、さとしは思っていた。

仮にこれが“生きた英語”だったとしても、自分の将来に必要なものだとは到底思えなかった。

「杉山、今のを訳すと何だ?」

そんな屁理屈を並べている間に、教師のご指名がかかっていた。

慌てて教科書に目を落としても、もう遅かった。

必死でわかる単語を拾って繋げてみた。


「ボブは、タコが食べれません。」

教室の所々から、笑い声がした。

教師はニコリともしない。

「杉山、次当てて正解するまで起立したままな。」

これだから、英語は嫌いなんだ。

と、さとしは内心舌打ちした。

そんな斜め前で、親友の大野は丁寧に黒板のボブの会話を書き写していた。

男のくせにやたらと綺麗で、どこか神経質な大野の文字がつらつらと並んでいくのを、まだ立たされたままのさとしは見つめていた。

おろしたての夏服の白が、日差しに反射して水色に光っている。


親友の大野が同じクラスのさくらに片想いしているのは、もうかなり有名な話だ。

気付いていないのは、おそらく当の本人達だけ。

大野がさくらに相当熱を上げていること、さくらが想像以上に鈍感なこと。

この奇跡が相まって、結局は周りだけが公認の状態になってしまっていた。

正直、さとしには理解できなかった。

大野といえば、本当にモテる。

学年を越えて、ありとあらゆるところからお声がかかっている。


それに比べて、さくらといえば。

学年一のちびで、おっちょこちょいだった。

未だに放課後、男子に混ざって買い食いしてるし、食い意地だって張っている。

それがまたどうして、どこがいいのか。

さとしは大野に聞いたことがあった。

『だめだって思ったんだよ。さくらじゃなきゃ、嫌だって思った。』

本当に突然、カミナリが墜ちるみたいに。

「なんだ、それ。おまえは聖子ちゃんか」

と、さとしは笑い飛ばしたけど。

曇ることなくはっきりそう答えた大野が、なんだかさらに逞しく見えたりした。

カミナリが墜ちる。

そんな経験、もちろんさとしにはない。

多分クラス中を探したって、誰もそんな人いるはずがない。

教卓の一番前の方で、小さな背中が揺れている。

あんな場所で居眠りできるなんてどれだけ神経が太いのか、まったく大野はさくらの何がそんなにいいのだろう。

と、やっぱりさとしは思った。

いつの間にか山裾から、真っ黒な雲が湧きだし始めていた。


「カミナリ鳴ってら。」

さとしは窓の奥の奥を見つめた。

いつか、耳元でカミナリが鳴る日を夢に見て。


さとしはけだるい雨の匂いに、1人息をついた。