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エンデバー

2021.01.24 09:21

切り取った夜空には、流れる星すら見えないけれど。


「この部屋から東京タワー見えたんだね。」


冷たいガラスに、赤い頬のさくらが映る。

「そんなの見えるか?」

見えるよ、と口を尖らせるさくらの肩越しに俺は目を細めた。

夜闇に紛れた高層ビルの群れは、昼間の姿からは想像もつかないくらいおとなしく落ち着いている。

「見えたでしょ?」

何がそんなに嬉しいのか、さくらは声を弾ませた。

「見えねえじゃん。」

俺がそう言うと、大野くんの目が悪いんだ!と、さくらはそっぽを向いた。

さくらは以外に短気だ、と思う。

すぐにいじけるし、口をきかなくなる。

二言目には「大野くんの馬鹿」、だ。

だけど、さくらのそんなところも案外嫌いじゃない。

振り回されることですら、ああ、俺は今そんな距離にいられるんだ、と喜びすら沸いてくる。

「俺もすっかりマゾ体質にされちまったよな。」

「何言ってんの、大野君。」

何でもねえよ、とさくらの肩を抱き寄せてみた。

細い小柄な肩の上で、キャラメル色の柔らかなボブヘアが揺れた。


俺とさくらは小学三年のときの同級生だ。

あの頃からもうすでに十年余り。

俺はさくらを傷つけ、あいつは俺の傍から離れた。

生まれて初めて、神様を恨んでみたりした。

俺たちの道が交わることなんてないと思ったし、二度と振り向くこともないと思っていた。

誰かが言っていた。

本当に運命なんてものがあるなら、何度でも繰り返す、って。

本当だ、きれいごとなんかじゃなかった。

俺の隣にはまだ東京タワーが見えた、と遠くを睨むさくらがいる。

一度は離れた俺とさくら。

でも見ろよ、神様。

この狭いワンルームで、手を伸ばせば届く距離にいる。


「あ!ほら東京タワー!」

まだ言ってるし。

さくらに腕を引っ張られ、窓の奥を覗きこむ。

「あ。」

「でしょう?」

遥か遠く、霞むくらい先に確かに飴色の東京タワーが見えた。

自慢気にさくらは俺を見る。

「おまえ、やっぱりすごいな。」

「今さら!」

東京タワーなんて今さら珍しくもなんともないのに、なんだか奇跡みたいに思えた。

それがあんまり綺麗で、さくらは隣にいてくれて。

「あれれ、大野くん。」

「何だよ。」

あれれ、と笑う。

知ってるよ、おまえが笑うのも無理ないよな。

「そんなに涙もろかった?」

「おまえが泣かすから。」

「まるこのせい?」


ああ、満ちていく。

離れていた時間も、幼い過去も全部が満たされていく。


そして涙を拭うと、暖かな夜がどこまでも広がっていた。