「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 4
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第一章 4
「水に気を付けろと言われたんだ」
次郎吉にしてみれば、久しぶりに善之助の家に入った。善之助の家は、いつものように缶コーヒーが出てきた。
最近、そういえば魚や野良猫、カラスの凶暴化が目立つ。それだけではなく、その凶暴化したカラスが野良猫が死んでいるような気がする。もちろん、その確証はない。
しかし、凶暴化した野良猫と同じような模様の猫が死んでいるのではないかと思う。もちろん野良猫なので、そんなに細かくチェックしていないし、当然に、似たような猫の模様などはたくさんある。しかし、なんとなくその猫ではないかと思うのである。
それも、その猫の死に方がおかしい。凶暴化しているので、役所の人に駆除されたとか、あるいは猫が凶暴化して人に殺されたというような感じでもない。また、自動車やオートバイなどに轢かれたというのでもない。
猫は、突然人間で言うと「心筋梗塞」や「脳梗塞」または何かに呪い殺されているかのような感じだ。映画や何かで「呪い殺された」というような、何か恐ろしい恐怖におびえて、そのままショック死をしたかのような感じなのである。
もちろん野良猫に感情があるわけでもないので、その表情が恐怖におびえているのか、それとも苦痛に歪んでいるのかはわからない。それでも何か普通の病死とかそういうものではなく、何か体中が強張った「ショック死」という感じなのである。
カラスも同じだ。もちろんカラスの死骸など、あまり街中で見るものではない。しかし、その死に方が何か異常を感じる死に方であった。猫ほど、表情などがわかるようなものではないが、それでも何かがおかしい気がするのである。
「水か」
「ああ、この水道の水も少し危ないのかもしれない」
「水道もか」
善之助は何も気にしていないようであった。
「あのねえ、じいさん。せっかく心配してやっているんだから」
「水なのかね」
「どういうことだ」
「水なんだが、それ以上に魚かもしれない」
「魚」
善之助は、さも当然であるかのように言った。
「猫もな、カラスも、もちろん移動する。でも、ある一定の地域より川の下流の猫しかおかしくなっていないのだよ。まあ、いい方は悪いし関連付けてもいけないのかもしれないが、川上の家の方であれば、猫もカラスもそのままなんだ。ちょうど川が合流しているあたり、またはいつも我々が使っているあの関所のあるマンホールの入口、あの辺から下流がおかしくなっている。」
「でもそれで水ではなく魚とは言えないだろう」
「次郎吉さん。水は低く流れる。でも魚は遡上するし、また猫やカラスが加えて上流の方角の自分たちの巣に持ってゆくことがある。そうすると、その巣の近くだけでまたおかしなのが出てくる。話を聞いていると、小林のばあさんの所は、街の下流の方の家だ。だからおかしい。元々の時田校長の家は、支流の上の方だ。それでもおかしい。そして、郷田の家のあたりや川上の家の方は問題がない。つまり本流の上流は関係がないということになる」
「なるほど。ちゃんと分析ができているじゃないか」
「老人会の相談会で住所を聞くからな。目が見えていなくてもさすがに警察官を昔やっていれば、街の中の地図くらいは頭の中に入っているよ」
善之助は、なんとなく自慢げにそのようなことを言った。少し得意そうである。
「なるほど、町全体が異常事態があるというのではなく、そんな感じなのか」
次郎吉は感心した。さすがに警察官だけあって、しっかりと街の中を把握している。いや、かなり早期からこの問題に着目していたのに違いない。
「すでに、水の変化について役所に入って言ってある。もしかしたら東山資金のあの山から何かが漏れたのかもしれないということで、役所もあわててたから、なにか検査すると思う」
「手回しが速いな」
次郎吉は感心した。
「次郎吉さんは、時田さんに郷田と正木の行方を聞いてください。そうしないと、彼らが何かをしているかもしれないので」
「わかった」
郷田も、猫やカラスがおかしくなっていることに気づいていた。
「正木、何かしたか」
「郷田さん、まさか。猫やカラスに餌付けなんかしていませんよ」
正木も何か不気味なものに気づいていた。確かにカラスや猫がおかしいのである。いや、それだけではない。鼠なども何かおかしい。
「工場で何かしたのか」
工場とは、アジトに使っている農薬工場である。実際に、過去農薬工場の排水が問題で、下流域の生き物が死んだ事があった。環境汚染で問題になり、そのことからこの工場の前の経営者の所に郷田が入り込んだのである。
何かおかしいことがあるといえば、やはり農薬工場である可能性がある。それも、郷田連合の正規の構成員ではなく、暴走族上がりの若手ばかりだ。正規構成員の多くは、裁判所の爆破とそのあとの正木の家の銃撃戦で怪我をしているか死んでしまっているし、また、その他の生き残った構成員は警察がマークしているのでなかなか使えない。準構成員もダメなので、暴走族を使うしかないのである。
しかし、暴走族の若い者は、生意気なだけで礼儀も知らなければ、何をしだすかわからない。自分たちの目が届いている間はまだよいが、暴走族だけで何かさせているときは、本当に何が起きるかわからないのである。
「あいつらなら何かしたかもしれませんね」
「うむ。ちょっと行くか」
郷田と正木は、若い衆に車を運転させると工場に向かった。
「おい、あれは」
農薬工場は、何があったのかわからないが、警察の車両に囲まれていた。どうせ暴走族が何かして、そのまま郷田のことを話したか何かであろう。
「抜け道の出口のあたりに行け」
郷田は車の中から出ずに運転手に指示した。車は、なるべく怪しまれないように引き返すと、小高い丘の上の家の前に入った。家そのものは全く何もない。もともとの農薬工場の社長の家である。その家の横にある誰も近寄らないような崩れた家。廃墟が工場からの抜け道が繋がっていた。もちろん警察はそこには気づいていないようで、ここにはだれも来ていなかった。
「和人じゃねえか」
「親分」
抜け道から出てきたのは和人であった。
「どうした」
「いや、隆二がしくじりまして」
「何をだ」
郷田が殴りそうになったのを、横で正木が抑えた。ここで和人を殴っても意味がない。
「いや、前をいい女が通ったとかで、そいつを隆二が連れ込もうとしたところ、その女の男が抵抗して、そうしたら隆二の奴」
和人はそこで口ごもってしまった。
「まさか銃で撃ったんじゃないだろうな。殴ったぐらいなら、あんなにならないだろ」
「はい」
腕を組んで聞いていた郷田は、いきなり和人を殴ると、抜け道の穴の中に押し込んだ。
「親分」
「5分後に、この抜け道を塞ぐ。そんな不始末はお前らの仲間で何とかしておけ。我々は知らぬことだ」
そういうと、もう一度和人をけ飛ばすと、目の前で手榴弾を取り出した。
「これで爆破して穴をふさぐから、早く戻れ」
「親分、すみませんでした」
和人は穴の中に入ると四つん這いで、急いで穴の奥に進んでいった。
「正木、奥の方に、これを投げて、あとはこの家をつぶしてくれ」
「わかりました」
郷田はそういうと車の中に戻って煙草に火をつけた。