植物の香りでボディガ-ドを雇う:香りで天敵誘引
植物も病害虫に対する生体防御機構を持っています。たとえば、植物は害虫(昆虫)から食害の攻撃を受けると特異的な香り物質を放出し、その害虫の天敵(捕食者や寄生蜂など)を誘引することで身を守ることができます。害虫の食害を受けた植物が出す香り物質は、害虫の種類によって変化します。これを「香りの害虫特異性」といいます。そして天敵は、その香り物質に対応して、特定の香り物質のブレンドに誘引される場合があります(図参照)。
最近、名城大学農学部と農研機構を中心とする研究グル-プは、「香りの害虫特異性」に注目し、その応用の可能性をアブラナ科野菜の重要害虫コナガを標的にして調べました。研究では、天敵であるハチ(コナガサムライコマユバチ)を誘引することが出来る香り成分の天敵誘引剤を用いた実証試験を行いました。その結果、ハウスの周辺環境のコナガサムライコマユバチをハウスに誘引・給餌することで、害虫であるコナガの発生率を半分程度以下に抑制できました。この成果は、食害植物の「香りの害虫特異性」と土着天敵を活用し、標的害虫の管理に世界で初めて成功した研究です。
小さなガの一種であるコナガの幼虫は、5~10mmの小さなアオムシで、ミズナやキャベツなどのアブラナ科の植物を食害する代表的な害虫です。一方天敵のハチ(コナガサムライコマユバチ)は、コナガやモンシロチョウなどの幼虫に寄生する寄生蜂です。コナガに食害された植物は、コナガサムライコマユバチを特異的に誘引する香り物質のブレンドを放出します。研究者達は、コナガが食害したキャベツが放出する香り成分中の 4 成分(α-ピネン、ヘプタナ-ル、ヘキセニ-ルアセテ-ト、サビネン)をブレンドすることで、コナガサムライコマユバチを誘引できることを発見しました。そこで、合成した 4 成分を剤形化し(天敵誘引剤)、それを用いることで、周辺環境からハウス内にコナガサムライコマユバチを効率的に誘引し、コナガの発生を抑制できるか検証しました。
研究者達は、ハウス栽培のミズナを対象に、アブラナ科葉菜類の害虫コナガによって食害された植物が放出する香りのブレンドを人工的に作成した天敵誘引剤と天敵への給餌容器をハウス内に設置しました。その結果、天敵であるコナガサムライコマユバチをハウスに誘引することができ、ハウスにおけるコナガ発生率をおよそ半分に抑制できることが明らかになりました。
今回、天敵誘引剤を用いることで、コナガサムライコマユバチを誘引し、ハウス内でのコナガの発生を減弱できる可能性を示しましたが、今後はこの技術が、露地栽培条件下でも有効か調べる必要があると思われます。また、ハダニ類やアブラムシ類など他の野菜で問題になっている害虫にも、それぞれ天敵が野外に存在し、それら天敵も被害植物からの香り物質に誘引されるため、農薬を減らすためにも、今後はそのような害虫と天敵の組み合わせの検討にも期待したいものです。植物は自らのボディーガードを香りで雇って守っているとはすごいですね。生態系の妙味です。(by Mashi)
・蠅よけの草をつるしてまたどこへ(小林一茶)
参考文献:Masayoshi Uefune et al., Targeting diamondback moths in greenhouses by attracting specific native parasitoids with herbivory-induced plant volatiles. Royal Society Open Science (2020), 7(11):201592. doi.org/10.1098/rsos.201592