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現役メッセンジャーによる移動コーヒーショップ「チャリンコーヒー」が実践する『エコライフ』

2016.10.05 10:00

富田寛(通称トミーさん)は、現役メッセンジャーのライダーでありながら、バイクポロという競技のプレイヤー。さらには「チャリンコーヒー」という、自転車で移動する、移動型コーヒーショップを営んでいる。


ライフワークのすべてが「自転車」にまつわる彼が気になり、取材をお願いしてみた。

きっかけは雑誌『relax』
自転車というエコなものに魅了されて


平日はメッセンジャー、休日はチャリンコーヒーの活動や、パークやホッケーコートで仲間とバイクポロをプレイする生活を送っているトミーさん。


「自転車漬け」の生活スタイルになるきっかけは、10年前にメッセンジャーという職業に出会ったことだった。


「今年メッセンジャーという仕事をはじめてちょうど10年になるんだけど、メッセンジャーになる前は、インテリアデザイナーだったの。『いいものをデザインしたい』という志から、時間をかけてものづくりをしていたのだけれど、その分すごく忙しくて。デザインって『生活を楽しくするためのもの』と思ってその仕事を始めたのに、だんだんと自分自身が楽しくなくなっていたんだよね」


そんなときに、ふと目に留まったマガジンハウス出版の『relax』という雑誌に、メッセンジャーの世界大会にまつわる記事が掲載されていたという。


「年に一度、世界の一都市『サイクル・メッセンジャー・ワールド・チャンピオンシップス(CMWC)』と呼ばれる世界大会があることを知って。世界中のメッセンジャーが集まってデリバリーレースをして競う姿を見て、『こんなにカジュアルに大人が世界大会を目指してるのってかっこいいなぁ』と思った。それからメッセンジャーという職業に興味を持ったんだよね」


トミーさんが、デザイナーとして軸に据えていたテーマは「今ある問題を楽しく解決すること」だった。当時『relax』でも社会問題として取り上げられていたのは、「環境問題」や「エコシステム」を作ること。メッセンジャーという仕事はまさに「エコ」そのものに感じたという。


「僕らはメッセンジャーバッグと無線と自転車だけで稼いでて。それはとてもシンプルな構造だし、エコでいいなと思った。だからデザインの仕事を辞めて、肉体労働で体を鍛えてから、メッセンジャーになったんだよね」


デザイナーとして仕事をするうえで抱えていた個人的なジレンマと、デザイナーとして掲げていた仕事を通じて社会に貢献するためのテーマ。この両方をメッセンジャーという職業につくことで、一挙に解決できることになったのだ。

バイクポロをはじめて見たとき
日本で広めなきゃと思った


メッセンジャーをはじめるきっかけになったCMWC。メッセンジャーとして働きはじめて3年後、出場するチャンスが訪れた。


「メッセンジャーの世界大会が東京で開催されることを知ったんだけど、その前に一度外国での大会の様子を見ておこうとヨーロッパ選手権とそのプレイベントに行ってみたのね。

デンマークのコペンハーゲンと、ドイツのベルリンに行ったんだけど、その大会で同時に行なわれている『バイクポロ』という競技をはじめて見た。

誘われるがままやってみたら、全然うまくできないんだけど面白くて。しかも参加してる人がみんなかっこよかった。


日本に帰ってきて、メッセンジャーの仲間とかに『バイクポロ知ってる?』って聞いてみたの。でも、自分のまわりではだれも知らない。ヨーロッパではバイクポロでみんな遊んでいたのに、日本じゃオレしか知らない。オレが広げなきゃバイクポロできないじゃん!と思ってやりはじめたんだ」

『バイクポロ』という競技は、3人1チームとなり、プレイヤーは自転車に乗りながら、ボールをマレットというスティックでパスをし、ゴールを決めて点数を競い合うスポーツだ。

発祥はイギリス、貴族のスポーツであり、馬に乗って芝生の上で行うものだったという。

ストリートスポーツとしてハードコートで行われるようになったのは、1999年のシアトルが最初。日本では2009年ごろから本格的にプレーされるようになった。


今回の取材は、8月27〜28日に開催していた「Track Top Tokyo 2016」という自転車のイベントに、トミーさんが所属する『東京ハードコートバイクポロ』というチームがバイクポロのデモンストレーション出演するということで、イベントを見学させてもらえたのだった。

イベントは品川埠頭倉庫で行われていた。会場に入ると、50mある大きなの木製バンクが設置されており、ブリヂストンサイクルがロードバイクなどのレンタルを行っていた。手ぶらでも遊べるということで、来場していた大人も子どもも自由にライドして楽しんでいる様子だった。ほかにも自転車ショップによる物販や、カーゴバイクによるフードのケータリングもあり、初心者でも気軽に楽しめるラインナップになっていた。


またロンドンオリンピックの女子団体自転車競技ドキュメンタリー映画の上映や、現役選手一丸尚伍さんによるパフォーマンスとトークショーが行われるなどプロアマ問わずに自転車カルチャーを堪能できるイベントとなっていた。

ケータリングの手伝いで

コーヒーを作ることに


さて、話をトミーさん自身の経歴に戻そう。メッセンジャーとして働き「バイクポロ」のプレイヤーとしても活動していた矢先。友人からの誘いでコーヒーショップのケータリングをすることになったそうだ。


「自分が関わっていたメッセンジャーが集まるイベントで、自転車つながりでもあった友人の『GOOD PEOPLE & GOOD COFFEE』のメンバーにコーヒーを出してもらっていたのね。それからしばらくして『GOOD PEOPLE & GOOD COFFEE』が池尻大橋にお店を構えてケータリングもするようになった。そのときに人手が足りないと相談を受けたから、ケータリングだけ手伝うことになったんだよ。

『手伝うよ』とは言ったものの、いきなり最初の現場をひとりでやることになって(笑)。それで一気に自分にスイッチが入ったんだよね。それまで趣味ではコーヒーを淹れていたけど、本格的にコーヒーを淹れたことはなかったから、このままじゃヤバいと思って、自分でも道具揃えて、すっごい練習した(笑)。

幸いメッセンジャーとして仕事してるから荷物をいっぱい持って移動することには慣れてた。案外ケータリングもやれるものだなという感じがあって。それからは『GOOD PEOPLE & GOOD COFFEE』のケータリングを手伝いつつ、自分でも仲間内のBBQとかにコーヒーの道具もって行ったりしてたの。

カーゴバイクで運んでいくから、みんな面白がってくれて。お店とかイベントを企画してる仲間が『うちにも来てよ』って声かけてくれて。そういうコミュニケーションが積み重なって、今の状態になってる感じかな」

今でも友人からの誘いからでしか「チャリンコーヒー」をやらないというが、活動をしていく中で知り合いが増え、バッグメーカー「Manhattan Portage」や、SILLYでも取りあげたショップ「SEE YOU SOON」などの店頭でコーヒーをサーブしたりと、様々な場所で活動を行うことになって、知る人ぞ知るヒップなコーヒーショップにまで成長したのだ。


「チャリンコーヒー」は
あくまでコミュニケーションツール


毎日何かしらの活動をしていて大変そうだが、トミーさん自身はそんな風には感じていないようだ。


「メッセンジャーの仕事はノンストレス。自分の培ってきたものを駆使すれば、ノンプレッシャーにもなれるし、体も動かせて、東京の自然を感じれて良いところばかりだなって思ってるよ。雨が降ったら滝行がタダでできるしね(笑)。

なかなかないでしょ、そんな体験。『雨降っててやだな』と感じるかどうかは、物事の捉え方の問題じゃない? 何事もいい方に捉えるようにしているし、メッセンジャーはやっていて楽しいよ。それに、仕事柄どれだけ効率よく回るかが重要だから、それがもう体に染み付いてる。

週末の時間も自分が行きたいと思ってたイベントに遊びに行くよりも、どうせ行くならイベントに関わりたいなと思っていたから、それでチャリンコーヒーで出店してみたり。だからどっちも好きでやってるだけなんだよね」

チャリンコーヒーはウェブサイトやSNSアカウントを作っていないそうなのだが、それには理由がある。


「活動の動機として、『コーヒー屋さんをやりたい』わけじゃないんだよね。コーヒーはイベントに行った先のコミュニケーションの道具として使っていきたいと思っていて。

だって飲み食いはみんなするでしょ? 自転車乗らない人も、バイクポロしない人もさ。

これまで自分のやってきたことと組み合わせて、いろいろな人とコミュニケーションとれるツールが揃ったから、それをどんどん使って『バイクポロ』も『自転車』も『メッセンジャー』も、魅力が広がっていくといいなと思って活動してる。いろんな現場でいろんな人と自分自身が『Uniteしていく(つながっていく)』のが目的なんだよね。だから大きいイベントに出るときも、自分自身のFacebookアカウントを載せてる。調べると富田寛ってアカウントが出てくるのね(笑)。個人と活動がイコールになっている方が面白いなと思っていて。


それをキャッチしてきてくれる人はだれでもウェルカム。情報を嗅ぎ付けてくれる人とつながっていきたいな」

「コーヒーショップ」のあり方として考えたら、ソーシャルのページを設けないことはこのご時世、閉鎖的に見えるかもしれない。でもチャリンコーヒーはいわゆる普通の「コーヒーショップ」ではなく、トミーさん自身とイベントに来てる人を結びつけるもの。自分とその場にいる人たちが会話できるきっかけとしてのコーヒーであり、その空間を一番大事にしているのだ。

トミーさんは今後どういう展開を標榜しているのだろう。


「『お店やるんですか?』 ってよく聞かれたりするんだけど、そのつもりはなくって。もっとイベントに特化させることに重きを置こうかなって思ってる。

実は4月に子どもが生まれたんだけど、子どもが小さいうちにできるだけ一緒に時間を過ごしたいから、家族との時間を考えて、もっとしぼって活動しようかなと。だからチャリンコーヒーの行く末は、『狭く濃く!』だね(笑)。

そういう意味で、今回のイベントは最高。『バイクポロ』のデモンストレーションと同時にチャリンコーヒーをやるのは一個の目標だったから。自分が仕掛けてるイベントだけど、同時に出展者でもあるというところが次のステップかも。

どこでも出店できることを磨いていきたいから、面白い場所で企画してみたいな。それこそお寺の一角で、座禅の後にコーヒーとかね。禅にも興味があるから、前衛的な禅僧と知り合いたい(笑)。

あと今は都心で活動しているけど、田舎にも行き来する生活をしたいなと思っていて。子どもが育つ過程で、『野菜をスーパーで買うもの、魚はパッキングされてるもの』じゃないことを教えてあげたくて。でも、都心から離脱しちゃうと浮世離れしそうだから、都心と田舎の両方の価値を教えてあげたいな。ずっとエコとか自給自足をしたいとかっていうことは考えていて、出しどころを探っている感じかな」

トミーさんの人生のテーマである『エコ』。そもそも雑誌『relax』でたまたま見た企画に魅了されて、メッセンジャーという職業につき、それからバイクポロ、チャリンコーヒーと、活動の幅を広げていった。


すべての活動を自分でうまくリンクさせてて、トミーさんにしかできない仕事の仕方を実践している。もしかすると今後もまた違ったやり方で私を驚かせてくれるのかもしれないと思える話だった。

photographer:三宅 英正/Hidemasa Miyake