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梨の日

映画『聖なる犯罪者』

2021.02.01 13:07

映画『聖なる犯罪者』


監督:ヤン・コマサ

出演:バルトシュ・ビィエレニア

アレクサンドラ・コニェチュナ

エリーザ・リチェムブル

トマシュ・ジュンテク

レシェク・リホタ

ルカース・シムラット




去年開催された92回アカデミー賞にて、外国語映画賞にノミネートされた作品。

ちなみに受賞は『パラサイト半地下の家族』。


映画.comから抜粋。


少年院に服役中のダニエルは、前科者は聖職に就けないと知りながらも神父になることを夢見ていた。

仮釈放され田舎の製材所で働き始めた彼は、ふと立ち寄った教会で新任の司祭と勘違いされ、司祭の代わりを命じられる。

村人たちは司祭らしからぬダニエルに戸惑うが、徐々に彼を信頼するようになっていく。

数年前にこの土地で起きた凄惨な事故を知ったダニエルは、村人たちの心の傷を癒やそうと模索する。

しかしダニエルの過去を知る男の出現により、事態は思わぬ方向へと転がっていく。




ポーランドで名声を得る若手監督の、コワイモノ知らずな演出が多々。

しかししっかりと評価されるのには、主人公のような惹きつけるものがあるから。



無宗教だったり、あまり宗教が日常的ではない自分の(あるいは日本人)には共感が得にくいかもしれない。

キリストを、宗教を、信仰とは一体なんなのか。


ー赦すことは忘れることではない、

赦すことは愛することー


そんな、観た人が大体注目する司教さまの言葉がグッサリ残る。


でも、彼は。

偽って、もはやノリで司教を名乗ったものの、その先に芽生える信念が、どうしたって観客を味方につけてしまう。


良い悪いの分別は分かっているつもり。

それでも、赦す、行為にはまだ理解が届かない。


観終えてグルグル考えた。

「いなかったことにしろ」と告げられた彼。

最後も「出ていけ」と、いなかった事のようにされてしまった彼。


前科で殺人を犯し、外に出て偽りの姿、名前の乱用で人を騙し…た?

騙した、んだけど、彼から出た言葉に救われた人も、少なからずいたとみえる。



静かな画と激動画の差ったら、もう凄い。

青い炎が、冷たくも熱い。

そんな言葉が腑に落ちる。



彼はいなかったことにされた。

けれど最後、教会に来た殺人者と言われる男の妻は、“赦し”をもらい、ミサに列席できた。

逆に、あれだけ非難していた母は、“赦し”、受け入れた。

ほんの1人ミサに増えただけ。

けれど、彼がいた結果(証拠)であり、変わったことに間違いはない。

彼は、いたの。



神様の言葉たちは、どれも胸に響く。

映画内でも響かせてくれた。

けれど、結果論しか言ってくれていない。


その道筋は、思考できる人間たち自身で辿らなければならない。

人間だからできること。

人だから、理解という行為が出来なくもない、ということ。


許すのは、時間だったり感情が忘れ去らせてくれるのかも。

赦すは。

忘れることではない。愛することと言うのだから、こわくもあるし、言ってやりたい人もいるし。

ハードルの高きこと。

ただそこに到達するまでに、“理解”という道のりを辿る必要があるのだな。




悪人なのか善人なのかは分からないバルトシュ・ビィエレニアの顔立ちのバランスよ。

ガイコツのような窪みの中に、なんて綺麗で澄んだ瞳を持っていることか。


静と動。

儚さに美しさ。

人間の持つあらゆる感情の多さ、根深さ。





答えがどうとか出にくいよ正直。

それでも、ラストの彼に「神の御加護がありますよう」。。

そう願ってしまうのよ。


いなくさせたことで、赦されることはないから。