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Pink Rebooorn Story

第2章 その8:「選択肢」

2016.10.05 07:48




 神様は、準備ができた人にだけ、厳かに、重要なチケットを渡すのだと思っていた。

 なのに私にある日突然「乳がん」のチケットを渡した。それだけでもショックなことなのに、こんなに次々にチケットを出してくるなんて聞いてない。




「ドS主治医の尾田平先生」

「しこり4.7センチ」

「ki67値87%」

「トリプルネガティブ乳がん」




 それに、もしかしたら、まだ渡されていないチケットがあるのかもしれない…。

(尾田平先生、あのー、今…トリプルネガティブって確かに言った…?)





 尾田平先生は、また何事もなかったかのように、しれっと次の説明に移ってしまったのだけれども、私は尾田平先生に確認したくて、発言のチャンスをうかがっていた。

だから次の説明がうまく頭に入ってこなかった。

 (こんなにサラッと患者に言うものなんだろうか、トリプルネガティブって…。)




 K病院に移る前にお世話になったクリニックの先生が、何かを言いたそうにしていたことを私は思い出した。もしかしたら先生は、このki67値(進行の早さ)によって、すでにトリプルネガティブ乳がんだということを察していたのかもしれない、と思った。




 考えをまとめることができないまま、尾田平先生の説明をぼんやりと聞いていた。先生は術前化学療法の説明をされていた。化学療法、つまり抗がん剤についての説明だ。

 おそらく乳がん患者さんのほとんどにしなくてはならない、このような説明をしているときの尾田平先生は、いつもにもまして事務的な口調になった。




抗がん剤治療のメリット

抗がん剤治療のデメリット




 …ここまで聞いたときに、とっさに、脳と体が反応した。

(やっぱり妊娠できなくなるんだ…もしかして、一生!?)




「先生、私、子どもを産みたいんですけど。」

 気がついたら、また、私はそれを口にしていた。

 尾田平先生は説明を止めた。このときばかりは、それまで尾田平先生の隣でキリッとしていた女性の看護師さんも、今までとは違う表情でわたしの方を見た。




選択肢はあるんよ、平西さん。」

 と尾田平先生は言った。




 「どうしてもというなら、抗がん剤投与のタイミングを後にずらして、子どもをもつための方法を、産婦人科に相談してみることもできる。卵子凍結…というか、受精卵凍結とかな。産婦人科の予約が今日あいてるかどうかはわからんけど。」

「抗がん剤の投与を、待ってもらえるってことですか?」

「それはあなた次第なんよ。」尾田平先生は、迫るように、私に言った。

 先生の言う通りだった。




「平西さんの場合は、方針としては、まずは術前に化学療法。どの薬が効くかを確認できるし、がんも小さくできる。それから摘出という順番じゃな。」

「じゃけど、平西さんが望むんなら、手術を先にすることもできる。ただ、患部を先にとってしまったら、このがんに効く薬が何かということがわからん。だから、あちこちに散らばっとるかもしれんがん細胞をやっつけるのが難しくなる。」

患者本人はあなたじゃけん、決めるのはあなたなんよ。受精卵凍結するのに一か月か、どのぐらいかわからんけど、ある程度の期間が必要であるとあなたが決めれば、私らは当然それに従う。」




 今まで、あまり理解できなかった尾田平先生の説明だけれども、このときはよくわかった。

 だけど、自分がどうしたいか、わからなかった。

 ずっと我慢していたけれど、胸のしこりは、針で刺されているかのように、半端なく痛かった。わきの下から腕にかけても、ヒリヒリしていた。がんが大きくなるのが怖くて、早く治療に進みたいとずっと思っていたのだ。

 受精卵凍結なんて、考えてもいなかった。




 今、心が定まらない。




 女性の看護師さんが、内線をかけ、誰かと話をしていた。少し話して、受話器を置くと、

「平西さん、婦人科、今日、診てくれるって!」と言った。