「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 5
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第一章 5
「なんだったんだ、あれは」
深夜、善之助の家に次郎吉が来ていた。三日前、町の郊外にある廃工場で爆発があった。たまたま通りかかったカップルに、地元の暴走族が寄ってゆき、男性との間で口論となり、そのまま喧嘩になったという。男性は、暴行を受けそして女性は廃工場の中に連れ込まれてしまった。男性は近所の人に助けを求め、警察が工場を取り囲んだというのである。
しかし、事件はそれでは終わらない。廃工場から暴走族が撃ったと思われる銃弾が警察官を負傷させたことで、事件は大事となった。マスコミが集まる中、女性を連れ込まれ人質になってしまっていることから、なかなか警察は突入することができず、中からは武器で応戦されるという展開になった。まさに、警察側が抵抗できない立てこもり事件となってしまったのである。
「警察というのは、人質がいたら、その安否が最も重要になるから、なかなか突入なんかはできない。アメリカの刑事ドラマみたいに簡単に人を撃つこともできないしな」
善之助はいつ入れたのかわからない、すでに冷え切ってしまった湯飲みの中のお茶を飲みながら次郎吉に言った。
「まあ、日本の警察にそんなことは期待してないよ」
「そんなこと言わないでほしいな。それでも頑張っているんだ。何だか知らないが、日本の場合は犯罪者にも人権があるとかいう弁護士とかマスコミが多くて、犯罪者に虐げられている、何も悪いことをしていない人も人権は全く問題にならないんだ」
「そういうのは警察が守ればいいんじゃないのか。爺さん」
「まさか、あいつら批判する連中にしてみれば、警察なんて言うのは親の仇みたいなものだからな。何しろ、使うのに何重にも規則があり、その規則通りにやっても批判される鉄砲しか持たされていないのに、暴力団や暴走族の機関銃に立ち向かわなければならないんだ。そのうえ人質がいれば、その人質の命が最も重要で我々警察官の命なんかは全く関係ないとかいうんだ。」
「なるほどな。それで死んだらどうするんだ」
「それで死ぬのも、それが商売だからしかたがないとさ。要するに警察官の人権は無視。いや人間以下の扱いしかしないんだよ」
元警察官の善之助は、怒りというよりは悲しそうにそういった。人質一人助けるために、十人以上の警察官が命を失うことがある。日本ではそのことを疑問に思うマスコミは少ないという。そのために今回の廃工場での出来事も、マスコミが来たことで警察官は動きを封じられたというのである。もちろん、善之助の見解でしかない。しかし、経験してきたことを言っているのであるからその言葉は重い。
「まあ、それはいい。それでその後どうなったんだ」
目が見えない善之助は、他人から話を聞かなければ、事件の真相がわからない。その事件の真相を知りたいがために、次郎吉に根掘り葉掘り聞いているのである。老人会ではわからないことも様々聞くことができるのではないか。
「夜になるまで待って、警察は侵入作戦を開始したらしい。まあ、カップルの男の方は、こうしている間にも女が何かいたずらされるんじゃないかと、警察に噛み付いて様々行ったらしい」
「まあ、そういう感じになるな」
「そうしたら、爆発」
「爆発」
「ああ、何か警察の照明弾か、あるいは発煙筒か、何かそんなものが工場の中に残されていた化学薬品と反応して、爆発が起きたということらしい。」
次郎吉は、なんとなく含みをもたせた話し方をした。当然に、注意深く聞いている善之助には、その次郎吉の微妙なニュアンスの違いを聞き取ることは簡単であった。いや、それほど深い付き合いになっていたともいえるのかもしれない。今や、元警察官と現役の泥棒は無二の親友といっても、仕事になくてはならないパートナーといっても過言ではない間柄になっている。
「もしかしたら、中の誰かが爆発させたのかもしれないと」
「時田さんか」
善之助は、次郎吉の口から出る鼠の国の支配者の見解を期待していた。誰からも聞けない話が聞ける。部屋の中にかけてある時計が深夜3時を指していた。
「あの時、少し前夕方くらいに、工場のあった裏山の中腹で爆発があったらしい」
「その話は聞いていない」
「そうだろう。爆発なのか、あるいは何か意思か何かが崩れた後なのかよくわからないらしい。あの辺は、あの工場の社宅や元の社長一族の家だったから、工場と共に人が住まなくなってしまったからね。もう何年も誰も住んでいないんだよ。その家の真ん中辺りの地中で爆発が起きた」
「ほう、それが」
「時田さんによると、どうもあの裏山の家が工場の社長の家で、昔はトンネルが掘られていて、雨に濡れないで社長は工場に行くことができたという。つまり、あの工場から裏山までは抜け道があったというんだ」
「なるほど、それならば、何かそこに爆発物か何かを仕掛けて穴を塞いだということか」
「ああ、しかし、おかしい事があるんだ。だいたい、あんなに警察に取り囲まれていれば、中にいる暴走族はその抜け穴から逃げ出して、工場は爆発してももぬけの殻、まあ、犯された女が犠牲になるくらいというのが相場だろう」
「ああ」
「しかし、今回はその暴走族の死体が何人か転がっていたらしい。つまり、暴走族はトンネルから逃げていないということになる。それとも仲間割れして、逃げたものと残されたものがいて、残されたものを置いていったのかもしれない。いずれにせよなんで死体が残っていたのかが問題なんだ」
確かにそうだ、と善之助は腕を組んで頷いた。
「それに、工場に残された武器。あれは、東山資金の山の中から出てきたものが含まれていたらしい」
「我々が見つけたあれか」
「ああ、旧日本軍の手榴弾なんかがいくつか残っていたという」
二人はしばらく口を開かなかった。東山資金の所にあった武器、そして、暴走族・・・・・・。暴走族につながる暴力団、そしてそれは東山資金の存在を知っている郷田連合ということになる。つまり、廃工場は郷田連合のアジトであったということになるのではないか。二人は言葉に出さなかったものの、その結論は自明であった。
「もう一つ問題がある。あの爆発、煙がピンクだったらしい」
「ピンク」
火薬や薬品の炎色反応にひょって、煙の色が白や黒ではないことはたまにある。ナトリウムが燃えれば炎はオレンジになるし、またたばこの火薬は紫煙といわれる。そのように考えれば、色が異なる煙というのはおかしくはないが、ピンク色の煙というのは、聞いたことがない。
「要するに、何か変なものが爆発したということか」
「そういうことになる。そして時田さんによると、その時に取り囲んでいた警察官の何人かは様子がおかしいというんだ」
「様子がおかしい」
様態がおかしいとか怪我をしている、または煙を吸って気管を火傷したなどはある。しかし、それをおかしいという表げはしない。
「ああ、何か凶暴化したらしい」
「どういうことだ。次郎吉」
「要するに、ピンクの煙を吸った警察官は、突然近くにいるほかの警察官や一般人を襲ったり、警棒で殴ったり、銃で撃ったりし始めたということだ。今は、手錠をかけて監禁しているらしいが、警察官だけではなく、近くの一般人もみなそうなったということなんだ」
「凶暴かって、猫やカラスと同じではないか」
「そうなんだよ」
「次郎吉、何か大変なことになっているかもしれないな」
「ああ、ちょっと様子を見て明日また来ることにするよ」
「そうしてくれ」
次郎吉はそういうと、音もなく消えていった。
死にゃの町は静かであった。善之助の家を出てしばらくした次郎吉の目の先に、どのようにして逃げたのか、暴走族の和人と、幸三が郷田の所に向かって歩いていた。次郎吉は、善之助の家を出てその二人の様子が気になり、二人の後をつけることにしたのであった。