センスは後からそだつもの
センスがいい人っていると思うのだけど、センスって目には見えないものよね。
センスがいいってどういうことなのか、センスって持って生まれたものなのか、なんてことを考えてみたわ。
▶︎インスタグラマー的センスのいい人
インスタグラマーって最近すごく多いのよ。
全身のコーディネート写真や、並べた私物をおしゃれに撮影して載せてる人たちね。
写真のアングルとか、写す小物とか、細かいセンスが求められるように思うわよね。
でも、あれって果たしてセンスなのかな……と思う部分もあるのよ。
あたしも今新しく始めたアカウントでインスタグラマー風な写真を撮ってみたりしてるけど、どこかなんていうのか、こうあるべき、みたいな写真を撮ろうとしてることに気がつくのよ。食べ物は真上から、とかね・笑
つまり、構図や撮り方がパターン化されていて、それ風なものは量産出来るってこと。格段に洒落てなくても、それっぽくできるのよ。だかはインスタグラマー風のセンスはそれほど高度な感性ではないと思うわ。器用な人ならすぐに真似できてしまうの。
▶︎しかしセンスは真似から生まれる
でも、全ては真似から生まれるのは、仕方ないし当たり前なのよ。これだけ文明社会が発展すると、もはやゼロからなにを生み出すというのは不可能に近くて、全てにインスピレーションがあると言っても過言ではないものね。
なにを、どんなバランスで、どう組み合わせるのか、どうしたら感性に働きかけるものになるか、それを判断して感じ取れることがセンスがあるかないかということ。だから、上記のインスタグラマー的センスのいい人とて、やっぱりセンスがあることに変わりはないのよ。
でも、ただの真似、それ風、止まりではなくて、本当にセンスのある人になるためには、その先の「私はこれを愛している」っていう自信というか、流行や常識に左右されない軸が必要だと思うの。
流行ってるものをそれなりにそれっぽく合わせることなんて誰にでも出来ることだもの。
▶︎心から愛せるものと出会う
そもそも審美眼は、生まれ持った反射神経はあると思うのだけど、ある程度はお勉強と同じで、学ぶことが必要ね。それは、何かテキストでバランスや構図を学ぶこともだし、様々なものを見て、多くの人の心を惹きつける所以を学んでみることで少しずつ身に着くわ。
そして、その中から、私にはこれが一番しっくりくる、という何かを見つけることが第一歩じゃないかしら。流行とは関係なく、自分が心からいいと思えるものね。
私の場合は、それは、モノトーンとゴールドの世界よ。
散々色んなファッションを試してきて、黒と白のコントラストと、そこにゴールドが加わることで生まれるゾクゾクするような華やぎにここ数年ずっと心酔しているわ。
時代もファッションもうつろうもの。
だからもちろんあたしのこのモノトーン病がある日急に変わることだってあるかも知れないけれど、でも、あたしは自分に似合うものの形や質感、組み合わせを自分なりの落とし所を見つけて組み合わせていると自負しているの。
だから誰かにセンスがいいと言われるとすごく嬉しいし、自分に似合うものと着たいものが合致しているから、ファッションで悩むことってないのよ。
(もちろん、着たいものがありすぎてどれにしような悩むことはあるけど・笑)
流行に左右されずに自分が愛せるものと出会って、集めてゆくと、やがてそれが自分自身の個性になってゆくということね。
▶︎自分だけのマガジンを作るのよ
以前私もファッションで路頭に迷って、部屋のインテリアもちぐはぐになった時期があったの。
その頃に始めたのがスクラップブック作りね。
スクラップブックと言っても、そんなに手の込んだことはなにもしないわ。雑誌や本に好きだと思うものを見つけたら、とにかく切り抜いて、スクラップブックに貼っていったの。
ウェブで見つけたものは、スクリーンショットや画像保存をして、それ用のフォルダにどんどん放り込んだわ。
そしたら、カラフルでトゥーマッチなおしゃればかりしていたあたしがその時惹かれていたカラーがシンプルでモノトーンなものばかりだと気付いたの。これはある意味で私の中では革命的発見だったわね。
自分が本質的に魅力を感じていたものと、過去から引きずっていた「あたしはこういうイメージ」という幻影のギャップから迷っていたというわけ。
自分がどんなものを愛しているか語れない方は、まず集めてみるところから始めてみるのがいいと思うわ。組み合わせのテクニックも、そういうお気に入りを眺めて、実際に自分でもあれこれトライしてみるうちに身につくわ。
アウトプットしないと身につかないから、失敗を恐れずにトライしてね。
人生もおしゃれも、心からワクワクするものと出会っていないと不幸になってしまうわよね。
あたしもまだまだ勉強中よ。
Miranda.