Main1-4:真実への一歩
黒き一族と白き一族。
隣接はしつつも大きく踏み込んではいけないのが互いの規則。
その中でも黒き一族は暗殺者部族でありながら白き一族を護る使命を抱えている。
彼らのことは白き一族には伝わらないはずなのに、それを何故かヘラの母‘ジシャ’は知っている。
白き一族とてミコッテの部族であり身動きも楽だ。それ故に知り得たものなのだろう。
“儀式とはいえ、供え祈るのみ”
“でも、なぜ僕が?”
“純血かつ子供がもうお前しかいないからだ。
…祈ればより多くの力を得られるだろう。それの力も供え物次第だが、お前は何を捧げるのだ?”
“葡萄を、捧げるつもり”
“ほう?”
“ちょうど美味しい葡萄が実った時期だし、調べた限りではこの集落の神様はアーゼマ様に近しいのでしょう?
アーゼマ様は葡萄を捧げられることが多いのだって”
“そうか”
“上手くいくといいね”
だがその儀式は完遂することはなく、供え物と儀式で無防備だった娘を狙った1体の大きなサキュバスを始めとした災害を起こされたのだった。
サキュバスらが狙ったのは娘のエーテル。
ならばと、ジシャは強行突破として娘を死の超越へと仕向けた。
それは予め予期せぬ事態に備えてと角尊から聞いていた応急処置。
ジシャは娘からエーテルが離れたのを見届け、消えた。
——
“そして全てを見届けた黒きケモノは主を失ったことへの恨みと怒りを糧に今も尚妖異を狩るのだった”
“…あまり聞かないおとぎ話だったな”
“あぁ、本としては存在しないからね。何せ私の片隅に残ってる記憶の話だ”
“だから終わり方が粋じゃない、と”
“だろうね。
すまないね、ギドゥロの好みではない話だったろう?”
“最後まで話を聞けば尚更好きになれないな”
“ならなぜ聞きたいと?”
“サンソンだ。
アイツ、何か嗅ぎつけてるようでな”
“?”
“今やずっと霧の奥に隠れているという未開の森を見つけたらしい。
奥には進まず帰ってきたようだが…入口付近の湖にあった小屋に色々あったらしいぜ”
“ほう”
“そこで見つけた日記帳らしきものに、今ガウラが語った話とほぼ同じ内容のものが書かれていたんだと。
俺も聞き覚えがあると思ったのは、お前が以前旅の話をしてくれた時だ”
“………葡萄?”
“それだ。いくらアーゼマ神に葡萄を供えるものだと言っても、今の世代じゃなかなかしない行為だろう”
“そうだろうか?”
“特に冒険者となりゃ尚更な気がするが”
親近感を覚えたギドゥロはサンソンを問い詰め話を聞き、更に自分の所に来て語らせたという。
私自身もこれを誰かから聞いたという訳ではなく、何となく、記憶の片隅にあったものだった。
だがその曖昧な話と似たものをサンソンが知っている。
なぜ?
これはおとぎ話だと思っていたがそうでもなく、事実だと?
そうとなればいい加減過去を隠しに隠してるヘリオを問い詰めなければならない。
——
それがつい数日前。
極合金ジャスティスのメンテナンスを晴れた空の元庭でやっていた時だった。
やはり感じる気配。
違和感を感じた最初はヘリオのものだと思っていたが、彼が姿を見せて以降も違和感は消えることがなかったのだ。
その違和感が今日もいる。
確実に誰かが見ている。
“いるんだろう?いい加減出てきたらどうだ”
その声が響き静まり返った後、草を擦る音と共に現れたのは黒いミコッテだった。
まるで夜が降ってきたかのようだ。
黒い肌に輝く白い瞳。
夜に天の川を描いたかのような青いメッシュ。
だが何故だろう、彼女からは敵意は感じない。
むしろ安心感さえ覚える。
“流石は英雄と呼ばれているだけあるな、完全に気配を消していたのに”
“気配がなかろうと視線は感じるものだよ”
それで、お前は何者だ?
そう問うと彼女は答えた。
‘守る者’だと。
“守る?笑わせてくれるね。
そう言うのなら実力を試させてもらおうかい”
私は斧を構える。
彼女は腰に提げてる短剣に手を伸ばすが構えることはない。
たいそう舐められているものだ。
あぁでもそうか。確かに彼女の本職がどうであれ、‘守る対象に剣を向けるなんてそもそも誰だろうと有り得ない’か。
“だが振った喧嘩には乗ってもらわなきゃな…本当に、舐められたものだ!”
その声で一気に懐へ攻め入る。
だがその頃には彼女は目の前にいなかった。
静けさと悪寒。
彼女は私の首を捕らえていた。
“言い忘れていたが、あたいの家は暗殺者の家系なんだよ。
暗殺者と分かっていれば、無闇には突っ込まなかっただろう?”
“そうだ、な…
……?”
“ッ!”
会話と共に落ちた影を見て彼女は私の背を蹴り回避させる。
受身を取り音の方へ目を向けると、見知った顔がいた。
“ガウラさん!無事ですか!?”
“お前、いつから!”
間合いを取り身構える2人。
殺意が見える、危険だと勘が伝える。
“これは好都合だな。あたいにとっての邪魔者が自ら飛び込んでくるなんて”
“なんだと!?”
“アリス、そいつは本気だ!”
その止めも聞かずに剣を交える。
だが彼女の方が上手で、少しずつ確実にアリスに傷を入れる。
“よくもまぁその程度の実力でガウラの傍にいるもんだ。お前みたいな雑魚は、いつかガウラを危険に晒すぞ”
“…うるさい!”
“馬鹿!それじゃぁガラ空きだ!”
だがトドメを刺そうとした彼女に一瞬の戸惑いが見えた。
流石にそれは見逃さなかったのだろう、アリスが彼女に傷を入れた。
服を破る程度だったが女にとってはある意味致命傷だろう。
でもこれ程度では彼女達は戦い続けるし彼女が来た理由も問えないままだ。
止める強行手段としてアン・アヴァンで合間に入り双方に円月輪を差し向けた。
“待て、アリス!”
“なぜ止めるんですか!?”
“いいから落ち着け!埒のあかない…”
“……”
“それにアリスの方はどうも何かを勘違いしてそうだからな。
まずは怪我のケアと服の修理、それから色々と聞かせて頂こうか?”
——
それから服の修理をしながら説明をした。
聞けば分かるのが彼のいい所で、今回も素直に受け入れてくれた。
私を守るのは良しとして、アリスがその邪魔になるだなんてどういうことだ?
それにヘリオのことも知っている様子だ。
“それにしては最後の一撃には戸惑いが見えた。
あれはなぜだ?”
問うと彼女…ヴァルはしばらくアリスを見つめる。
そして口を開いた。
“お前、サンシーカーなのか?”
“え?そうですけど”
その質問に少し間が空いたが理解した。
宵闇に光る彼の目は、確かにムーンキーパーそのものだからだ。
まぁ当の本人はキョトンとしているあたり無自覚だろう。
そうすると今度は彼女が問うた。
‘ムーンキーパーである父親の名前’を。
そういえば私もまともに彼の家族構成は聞いていないな。
ハーフというのは知っているが、名前までは大して興味もなかったからだ。
“だがそれと躊躇したことに何の接点があるんだい”
“さっき戦った時に、気になるモノが見えたんだ”
“??”
それ以降は彼女も黙り込んでしまったため、今回はここまでにした。
彼女の言う‘守る’とは何だったのか。
そういえば私の片隅にある記憶の話とサンソンが見つけたという日記帳には共通して暗殺者の事が書かれていた。
彼女も暗殺者。
更には以前ウルダハで知り合った幼馴染というナキは私と同じ白き一族と名乗った。
ここまで来て偶然であるものか。
これは必然、そして事実だ。
そして更に疑問が増える。
ヘリオは何者だ?
記憶の話にも日記帳にも、ナキの記憶上にも存在しない私の弟。
そして何故かヴァルは彼を知っている。
追う者たち故に知り合った仲なのだろうが。
“サンソンに会えたら、日記帳を見つけたという小屋を案内してもらうか…”
どうにもこれは、知らなきゃいけない事柄らしい。