magnet hair

root. vol4(前編)

2021.02.09 03:48

こんにちは!

お久しぶり。root企画でございます。

第4弾は、magnet hairのお母さん、神垣有香さんです!

それではどうぞ!


これまでの経歴

高1時に、資生堂美容学校の通信科に入学

高卒と同時に美容学校卒業。

その後、東京に就職。

アシスタント4年目でスタイリストになる。

東京で1年半スタイリストとして活動した後、広島に帰ってくる。

30歳で自分のお店をもち、42歳まで1人でお店を経営。

そして、magnethairに入社して今に至る。

ノリノリの神垣さん。(笑)



きっかけは?


美容師になったきっかけは、純粋に髪をいじることが好きだったから。

小さい頃は、人形の髪の毛を切ったりして…

リカちゃん人形の髪の毛を切ってた!

あと、小学校の入学祝いで祖父に買ってもらった、フランス人形も切ってたね。

おじいちゃんに、めちゃくちゃ怒られて、人形買って貰えなくなっちゃった(笑)


Q.それからは人形切るのやめたの?

 

いや、小4の時に、誕プレでオシャレなカーラちゃんってやつを買ってもらってね。

それが、切ったり、セットしたり、あとはメイクもできるものだったのね。

それで、美容全般に興味を持ち始めたかな!

最初のカットは聖子ちゃんカット!

とにかく、芸能人の髪型を見よう見まねでやってた。

今も昔も、髪の毛をいじるのってほんまにおもろい。


今までで一番印象的なお客様は?

新人でまだ、シャンプーマンだった頃なんだけど、シャンプー終わってお席起こすとね、「シャンプーするのは10年はやいわ。」って言われたんよね。

その頃は、他のお客様からはシャンプーもある程度褒めてもらえて、チップも頂いてた。

そんなちょっと気が緩んだ時期というか、調子に乗っていたような時期に、言われて、気を引き締め直せた。

それから、そのお客様のシャンプーには毎回入るようにして、鍛えられた(笑)

全然褒めてはくれないんだけど、最終的には、チップ頂けるくらいにはなった。

怖かったけど、自分をすごい成長させてくれたお客様だったなって感じてますね。

1番苦しかった時期は?

それは、入って一年目のこと。

私、元々左利きなんだけど、美容学校の時は、カットも何もかも左でやってたんよね。

でも、就職してから、全部右手に直せって言われて。直すのが本当に大変だった。直してる時期に同期とはどんどん差がついていくし、焦りとか不安がすごくて、苦しかった。

ポケットにロッドを入れて、暇さえあれば、右手で巻き込む練習。

ひたすらやってた。

今思えば、両方使えるし、得しとんかなって感じよ(笑)

座右の銘、好きな言葉は?


ホームページに乗ってるやつ(笑)

えっと、「giveの5乗」と、「希望は万事をやらわげ愛は万事を容易にする」

「giveの5乗」は、ギブ&テイクじゃなくて、ギブをいっぱい。そんな精神で仕事をしたいなってね。

「希望は万事をやわらげ愛は万事を容易にする」ってのは、なんか名言集かなんかの本で読んだ(笑)


最近、すごい好きな言葉があって

「置かれた場所で咲きなさい」って言葉。

このタイトルの本をたまたま読んで感動した!


これからの目標

やってみたいこと。

そうだね、条件がそろえば、体の不自由な方とか寝たきりの方、あと障害を持った方が来れるようなサロンにしたいですね。

昔、車椅子の女の子がいて、成人式を迎えるってなった時に、車椅子だから振袖が着れないって諦めてたことがあって、そんなことは絶対させたくないなって思った。

それがきっかけで、車椅子の方でも着付けができるようになったし、寝たきりの方の対処の仕方とかも勉強してできるようになった。

それをしっかりと生かせるようにしたいですね。

美容室に行きたいのに行けない人ってほんとにいっぱいいるから、そんな人達がちょっとでも、自分によって救われたらいいなと思ってます。


こんな感じで、前編は終了!

後編は、神垣さんの趣味について語っていただきました〜!

お楽しみに。