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夜守堂

神についての覚書

2021.02.09 10:56



人に知覚できないもの=nonsense。神といわれる超越的な存在もnonsense。

わからないものを前にしたとき、人はそこに自分の認識できる定義をあてはめる。神が居るというより、自らが神を見出す、自らの内にある神の観念が投影される。神社の拝殿に鏡が置かれている由縁もおそらくここにある。


鏡(カガミ)のなかには我(ガ)がある。

神(カミ)の観念をいだいた(いだかれた)我(ガ)を鏡(カガミ)はうつす。





神も仏も居ないという人は寂しい。居ないのではなく、見出せていないのだから。

居ないといえば他の所為にしているが、見出すかどうかは自らの責任問題なのだ。


責任を自覚しない人は利己的になる、利己的な人のことは誰も助けたがらない、だから困ったときに神も仏も居ないと思う。そうして無明におちいってしまう。