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チベット (1982年) (岩波新書 特装版)本ダウンロードepub

2021.01.06 20:41

チベット (1982年) (岩波新書 特装版)

によって 多田 等観


ファイル名 : チベット-1982年-岩波新書-特装版.pdf


チベット (1982年) (岩波新書 特装版)を読んだ後、読者のコメントの下に見つけるでしょう。 参考までにご検討ください。

雪深い秋田の真宗寺院に生まれた多田等観は、旧制秋田中学を卒業後に第三高等学校を目指して、秋田から京都に出た。彼の弟が大谷光瑞の経営する学校で給費生として暮らして居たから、そこにまず身を寄せて学資を貯めて高校への受験を考えて居たらしい。弟の紹介でやがて等観は大谷光瑞に知己を得て、当時来日していたチベットの僧侶に日本語を教えることに成った。と同時に、等観自体もチベット語の習得をするという、相互的な関係で、等観もチベット語を習い、僧侶も日本語を習ったのであるが、ひとつの問題が起きた。等観の教えた日本語は、東京弁?では無く、純粋の秋田弁であり、大谷光瑞師はチベット僧と話をしたが、僧侶の日本語が聞き取れないという失敗があった。一方、等観の方のチベット語は順調に習得し得た。このような事から光瑞師の指示の下、等観はチベットに潜入し、その文化と経典を学ぶことを義務づけられる。それ以来、彼の人生の中では深くチベットとの係りを持った。等観は十年という永い時間をチベットの風俗文化の中で暮らし、完全にその生活に通じた仏教哲学者であった。彼の人生の偶然は、彼をして深くチベット仏教と政治に関係を持つに至ったのであった。この本は、彼が経験、体験したチベットの文化風俗をあまねく記述している。知るように9世紀にはインドで仏教は衰退し10世紀には消滅する。そして千数百年の仏教の展開、その創り上げた知的資産である処々の経典類は、直接に近隣のネパールとチベットに伝えられた。チベットにはすでに土地の宗教であるボン教が存在したが、大乗経典はボン教と習合してチベット仏教として、新たに北伝仏教として仏教の布教に大きな影響を持ったという歴史的な事実が有る。この新書は1942年の4月17日に岩波新書の一冊として発刊された謂わば古い古典に属する本であるが、内容は重厚で深く、チベットの全般的な文化的総合報告書の感がある。