アンダルシーア風土記
アンダルシーアというのは、スペインの南部、地中海の海岸線に接する地方です。世界史が得意な方なら、この土地がヨーロッパのイベリア半島南部にあり、アフリカとは地中海に隔てられていますが、対岸のアフリカまでの距離は非常に近く、アフリカからの侵入や交流を受け易く、また、ジブラルタル海峡も近く、いざとなれば大西洋にも出ることが容易で、また、スペイン北部からは、フランスやイギリスの政治的・軍事的影響も度々受けてきた、つまり(経済、貿易、文化の)要衝として歴史的なエピソードに彩られた地域であることを御存知だと思います。
著者の永川玲二さんは長年、セビージャに住み、アンダルシーア地方の至る所を旅した先生で、アンダルシーア地方の地理、歴史についてとても造詣の深い方です(2000年4月死没)。東京大学文学部英文科を卒業されその後、1970年からセビージャへ定住しました。本書は、岩波書店の雑誌「世界」に連載する案内記のような形で始まったもので、中世からコロンブスの活躍が始まる1490年頃までのアンダルシーア地方の歴史的なエピソードをまとめたエッセイです。残念ながら私は世界史専攻ではなかったので、ヨーロッパの歴史とか、そのヨーロッパを構成する国々の歴史は疎い方なのですが、初めのうち我慢して読んでいくと(地名とか歴史的な人物名がわからないと、ネット検索したりで時間がかかりしんどいのですが)、だんだん永川さんの語り口に引き込まれていきます。(こういう本にでてくる地名、人名は、100%調べようとせず、キーワードとして繰り返し出てくるものだけチェックして、あとは我慢して読んでいくとだんだん文脈や大意が理解できるようになります。)読む前は、永川さんが東大出身で他の大学で助教授もされたこともあり、文章が固い本と想像していたのですが、その予想はいい意味で裏切られました。この地方で活躍した歴史的な国王や女王の栄枯盛衰の物語を親しみ易く、講談的な語り口で描いていくので、世界史が苦手な自分でも歴史の面白さを堪能できました。
本を読んだ後、著者の永川さんの経歴を調べたのですが、永川さんは「1945年2月、広島陸軍幼年学校を脱走。軍学校の脱走者は逮捕されたら銃殺刑に処されることが決まっていたため、日本全国を転々と逃亡して8月の敗戦を迎えた。」(Wikipedia)、 そして更に興味深かったのは、東京都立大学の助教授になった後も、昔の「逃亡生活の名残が消えず、新宿で飲み明かすと中央線の急行に乗って終点の長野県大町に向かい、黒部山中の『自分の専用の穴ぼこ』の中で一日中寝て英気を養っていた。」ということです。
やはり、子供時代の脱走体験がその後の永川さんの人生に暗い影を落としていたのかも知れません。スペイン移住に関しても、1970年代の高度経済成長期、エコノミック・アニマル化していた日本の社会には自分の居場所がない、と感じていたのでしょうか。。もし仮に今、バブル時代を経験した現代に永川さんが御存命なら、自らの人生経験や、ヨーロッパの地理、歴史の知識を活かす企画をブログ、SNS,You Tube 等で発信するインフルエンサーになっていたかも知れませんね。
*本書は、AmazonのKindle Unlimited で無料で読むことが出来ます。