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Giji Rockerのギジ録工房/Giji Rock Workshop

若き日の職場の記憶

2021.02.11 12:06

もうふた昔以上前の199X年。

あれは僕が社会人になって5年目の頃だった。

その年の4月、人事異動で移った先の部署。

それは、係長含め4名の小さな係。


はっきり言ってあまり忙しい部署ではなかった。

自前の予算もほとんど持っていなかった。

外部や内部の色々な関係者の間の調整が主な仕事だった。


係長の若井さん(仮名)は快活な性格の女性だった。

自身より上の3階層ほどの上司たちからそれぞれ違う指示が来たり、

特に直属上司の課長からはいつも重箱の隅をつつかれたりしていて、

それには少々困惑しているようだった。

でも、どんなときでも明るく前向きに仕事をしていた。

係員の僕たちにも目配りと心配りを欠かさない上司だった。


人を惹き付ける魅力があるので、外部の人たちからも人望が厚かった。

だから、仕事もいつも厚みを増していった。

この暇な部署で、なぜ若井さんはわざわざ自ら忙しくするのだろう?

不真面目な僕は、時々そんな疑問を持っていた。


若井係長と同世代の女性の係員が中山さん(仮名)だった。

中山さんも明るい人柄で、いつも笑顔で人と接していた。

ユーモアもしっかり持ち合わせていた。

僕とは向かい合わせの席だったこともあり、よく話した。

仕事をよく教えてもらったし、世間話や冗談も交換した。


「この部署って本当に必要なんですかね?」

周りに人がいないときに投げかけた不真面目すぎる僕の質問。

それにも中山さんは丁寧に答えてくれた。

僕の持っていない視点からのもので、はっとさせられた。


もう一人の先輩係員は男性の勝尾さん(仮名)。

僕と机を横に並べる位置関係だった。

若井係長や中山さんより6、7歳下の世代だ。

最年少の僕より少しだけ上の30歳くらい。


勝尾さんにとってここは2つ目の部署だった。

その前にいた部署は、事業を自らバリバリ実施するところで、

予算も、仕事の忙しさもいまの部署とは桁違いだった。

だから、この部署の仕事はちょっと物足りない様子に見えた。


勝尾さんは時々皮肉屋になるけど、根は優しくて真面目な人だった。

本人はそういう評価を嫌うかもしれないけど。

そして、僕の面倒をよく見てくれた。


彼はあまり話しかけられたくないのかな?

他の部署の人たちから勝尾さんについてそう聞くことがあった。

話しかけにくい第一印象は確かにあったかもしれない。

実際に話せばそんなことはまったくないことを、隣席の僕は知っていたけど。


その勝男さんには口癖があった。

それは、「しっかしなー」という独り言。


何かの資料を読んでいるときなどによく発せられた。

「しかし」の続きは?

強烈な皮肉が出るのだろうか?


隣にいれば耳に入り、当然気になってしまう。

何のことなのか、聞き返すべきなのだろうか?

聞き返されることを彼の心は望んでいるのか?

僕は迷った。


しかし、ここで「ちょっと話しかけにくい」印象が効いてくる。

日頃からごく気軽に会話する関係だった勝尾さんと僕。

でも、これは独り言。聞き返すほうがかえって迷惑かしら?


そんな戸惑いが最初の数回続いた。

迷っているうちにタイミングはどのみち逃してしまう。

だから、聞き返すことはついぞなかった。

彼が続きの言葉を発することもなかった。

いつしか、その状況に僕は慣れていき、戸惑うこともなくなった。


独り言は係のなかの他の人たちにも聞こえていただろう。

でも、誰かも勝尾さんに聞き返すのを見たことがない。


勝尾さんの独り言と、それに続く少し重い沈黙は、

その職場での忘れがたい光景として記憶に焼き付いている。

それが好きとか嫌いとかの感情は特にない。

単に印象深い場面だったのだろう。


僕がその部署にいたのは結局1年間だけだった。

翌年からはまったく別の道に進むことを決めたからだ。

その決意に悔いはまったくない。

ただ、自分の不真面目な姿勢には反省だけが残っている。


この部署が本当に必要なのか?

その答えは誰かが与えてくれるものじゃない。

自分の働き方次第で答えが決まる。

そんなことさえ分からない僕がいた。


もう少し謙虚に、そして真剣に。心を改めたい。

もしも、当時の自分にもう一度戻れるなら。


苦い反省の念とともに、いまでも心のなかで聞こえることがある。

あの言葉だ。


「しっかしなー。」


(ギジ度:90%)