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のらくらり。

愛の形

2021.02.12 09:12

55話をベースにした、ウィリアムがルイスに向ける愛のお話。

昔も今も、ウィリアムはルイスを生かすために頑張ってきたんだなと思うとその執念が強すぎてさすがウィリアムだなと思った。

55話で確定したウィリアムがルイスに向ける想い、やっぱり最高すぎる。


醜く歪んだこの大英帝国において、他の誰より自分は大罪人なのだろう。

階級社会という制度によって歪められた人々の心を正し、誰しもが手を取り合える平穏な社会を作り上げるという名目を謳ってはいるが、結局自分は国家転覆を図る人殺しだ。

追い求める理想のために他者を犠牲にする、悪魔よりも悪魔らしい偽善者に過ぎない。

今までに裁いてきた身勝手な貴族達と何ら変わりない、罪深き犯罪者。

方法が間違っていることなんて初めから分かっていたし、償いきれないほど大きな罪を背負っていることも理解している。

それでも成し遂げたい目的があったからこそ、僕は僕のエゴで計画を立てて周りを巻き込み実行する。

たった一人、ちっぽけな僕の命よりよほど愛しい大切な人。

ルイスを守るためなら、他の何を犠牲にしても良いと思っていた。


「にいに」


兄弟揃って親に捨てられ、愛されることを知らないままルイスと二人だけになった。

誰からも与えられることのなかった愛情に飢えていたのに、自分よりも幼いルイスは僕以上に愛情求めて付いてくるのが鬱陶しくて、でも他に何も持っていなかったから、仕方なくルイスとともに生きていた。

愛情なんて知らないのに、持っていないのに、それでも懸命に自分から愛情を貰おうとする哀れな弟。

この広い国で一人にならないだけマシかと思っていたはずなのに、気まぐれで構ってあげれば思っていた以上に嬉しそうに笑うルイスを見て、段々と心が癒されていったのをよく覚えている。

愛し方なんて知らなかったはずなのに、ルイスは僕がその手を握れば満たされたように笑うのだ。

それが無性に嬉しくて、自分だけを見てくれるルイスの存在に絆されるまでは早かった。

小さな両手を目一杯に広げて抱きつかれたときは、堪らなく心を揺さぶられた。


「にいに、だいすき」


一体どこで覚えたのだろう。

誰からもすきだなんて言われたことがなかった僕に、ルイスは初めてすきだと言ってくれた。

愛されたことのない僕を愛してくれたのはルイスだ。

他に頼る人がいなかったから僕に懐くのは当然かもしれない。

それでもルイスが与えてくれた愛はしかと僕の心に響いてきて、隠しきれずにいる「愛されたかった」という思いが報われるような心地がした。

愛なんて知らなかった僕に愛を教えてくれたのはルイスだ。

ルイスが僕をすきでいてくれたからこそ、空っぽだと思っていた僕の中にも愛という感情があることを知った。

この子はきっと僕にたくさんの愛を与えるために弟として生まれてきてくれたのだ。

そう気付いたときにはもうどうしようもなくルイスが愛おしくて、他の何よりも大切にしたいと思うほどにこの子のことが特別になっていた。

僕という存在を必要としてくれたルイスを誰より愛おしく思う。

ルイスのためにも自分に恥じない生き方をしたいと思い、どんなに飢えていても一度も盗みなどの犯罪行為をしてこなかったのは僕の小さな自慢だ。

日の当たる場所でルイスと一緒に生きていたかったから、どれほど手間でも必ず真っ当な方法で食べていこうと誓っていた。


「っ、は、はぁ、はぁっ…けほっ」

「ルイスっ、大丈夫かい?」

「ぇほっ、はっ、ぁっ…」

「大丈夫、僕が付いてるからね、大丈夫…ルイス、ルイス」

「ふ、ぇ…にいさ…っ、く」


それなのに運命というものは残酷だ。

僕にたくさんの愛を教えてくれたルイスの小さな心臓は、あまり調子が良くないらしい。

最下層に生きる身分では医者にかかる金を用意することも、医者にかかる伝手を用意することもすぐには難しかった。

あんなにも快活に笑って付いてきてくれたはずの弟は、日に日に発作を起こす頻度が増して苦しそうに顔を歪める日が多くなった。

それでも心配をかけまいと懸命に笑おうとする表情が痛ましくて、けれどどうすることも出来なくて、僕には小さなその体を抱きしめるしかすることがない。

生きていてほしかった。

初めて僕を必要としてくれた、初めて僕に愛することを教えてくれた、初めて僕を愛してくれた、そして何より、僕のために生まれてきてくれたルイスにだけは、生きていてほしかった。

僕が今ここで生きているのはルイスがいてくれたからだ。

ルイスがいなければ寂しさと無力感でとうに死んでいたに違いない。

僕自身を支える根幹を成す大切な弟を失うことに耐えられる気もしなければ、納得出来るはずもなかった。

自分が身代わりになれるのなら喜んでこの身を差し出すのに、僕の心臓はルイスの心臓になってはくれない。

他には何も望まないのに、何も要らないのに、僕が生きるこの世界はそれを許してくれないという。

ならばそんな世界、なくなってしまえば良い。

ルイスは何も悪くない。

生まれ落ちた家が最下層だったというだけで、僕もルイスも何も悪いことはしていないのだ。

ただ生きることにすら身分が必要な社会など、こんなにも純粋無垢なルイスを認めない世界など、あっても意味はないだろう。


「兄さん、心配かけてごめんなさい…」

「良いんだよ、ルイス。落ち着いて良かった…もう苦しくないかい?」

「…はい」

「良かった」


細く頼りない手を握り、励ますように声をかける。

僕よりも年下で小さいのに、自らの苦痛を嘆くよりも僕を心配するその姿が悲しかった。

ルイスはもう生きることを諦めている。

いつも僕と一緒にいたのに、これから先を僕と一緒にいるつもりはないのだ。

それがどうしようもなく悲しく悔しくて、寂しくて、たとえルイスが諦めようと僕が諦めるわけにはいかないと決意を固めるきっかけになった。

ルイスが「凄い」と認めてくれたこの頭脳は、今までに関わった人の誰よりも優れているという自負がある。

ルイスが「兄さんなら何でも出来ますね」と信じてくれた頭脳ならきっと、この国をより良い世界に導くことも可能だろう。


「ルイス、僕が絶対に助けてあげるからね」

「…兄さん」


細く頼りない手をもう一度握りしめ、不安を与えないようにっこりと微笑みかける。

戸惑ったように笑うルイスには、もしかしたら気付かれていたのかもしれない。

今まで真っ当な方法で生きてきたはずの自分達が道を踏み外す未来を予感していたのだろう。

けれど、そうしなければルイスは僕のそばからいなくなってしまうのだ。

何としてもルイスに治療を受けさせる手筈を整え、その後も安定した環境で生きていけるよう策を練らなければならなかった。

ルイスが生き延び、この先も不安なく生きていける世界が必要だった。

僕を孤独から救い愛を教えてくれたルイスが死ぬなんて間違っている。

間違っているのはこの国そのものだ。

悪魔がはこびるこの国はルイスに相応しくない。

ならばこの国ごと相応しい世界に変えてみせると、僕は弱々しくベッドに伏せるルイスを見下ろしながら心に決めたのだ。

たとえそのとき隣に自分がいなくても、ルイスが生きてさえいればそれだけで僕の全ては報われる。


「兄さん、また徹夜をしていたのですか?昨夜あれほど早く休むよう言っていたのに」

「ごめんね。キリの良いところまで考えてしまいたくて」

「全く…紅茶を用意してきました。サンドイッチにはベリーのジャムを使っているので、少し頭を休めてください」

「ありがとう、ルイス」


計画通りモリアーティ家の長男に拾われ、ルイスの心臓はしっかりと完治した。

あの頃に比べたら随分と頼もしくなったし、ジャックの鍛錬にも付いていけるくらいルイスは強くなった。

けれどやっぱり僕にとってのルイスはあの頃のまま、病弱で生きることを諦めてしまっている幼い子どもの姿で止まっている。

誰しもが手を取り合える美しい世界を見たいという僕のエゴに疑問を呈することもなく、ルイスは惨たらしい計画に諸手を挙げて賛同してくれた。

それはそうだろう。

僕の言うことは絶対だと、そう教え込んできたのだからルイスが僕を否定することはない。

きっとルイスの中での僕は「誰かのために在れる優しい兄さん」という評価があるのだ。

悪を殺すことに違和感と罪悪感を持たないのは好都合だった。

人の皮を被った悪魔であろうと、自分と同じ姿形をしている生物をこの手で殺すことの恐怖と悔やみきれない焦燥感は決して消えることはない。

血に染まった部分から腐り落ちてしまうような感覚は洗っても洗っても決して消えることはないのだ。

こんな気持ちをルイスが抱かずに済むのであれば何よりだった。

可愛い弟、愛しい弟、世界で一番尊い弟。

顔も知れない誰かではなく、彼のために計画を練り行動しているのだとルイスが知ったら喜んでくれるだろうか。

淹れたての温かい紅茶を飲み、美味しいねと声を掛ければ、はにかむように笑うルイスが他の誰よりだいすきだ。

彼のためなら何でも出来るし、何を犠牲にもしてみせる。

僕が全て背負うから、ルイスは何も持つ必要はない。

昔のように快活に笑ってくれていれば、それだけで僕は十分幸せだと思えるのだ。


「兄さんのためなら、僕はどうなっても構いません」


生きることを諦めていた昔と同じように、ルイスは僕とともにその命を諦めようとしている。

僕があれほど追い求め焦がれていたその命を、僕のために差し出して無くしたいと考えているのだ。

それしか僕に与えられるものはないと考えているのかもしれない。

今までにたくさんの感情を教えてもらってきたのに、溢れんばかりの愛情を与えられてきたのに、ルイスはそれに気付いていなかった。

ルイスにとっては僕とともに在ることが重要で、生きたいと思ったことは一度だってないのだろう。


「…ありがとう、ルイス。ずっと一緒だからね」

「はい」


ルイスからたくさんの気持ちを与えられた僕はもう何も欲しいとは思わない。

昔も今もこの先も、僕が望むものはルイスが生きていること、ただそれだけなのだ。

それ以外に望むことは何ひとつないし、そのために犯したたくさんの罪にも後悔はしていない。

ルイスはきっと、僕がルイスの命を欲しがっていないことに気付いているはずだ。

そして僕は、ルイスが僕に生きていてほしいと願っていることに気付いている。

美しい世界をルイスとともに生きていけたら、これほど幸せなことはないだろう。

愛しいルイスとともに死ぬことが出来たら、きっと寂しく思うことなく死ねるだろう。

けれどそのどちらも僕は望んでいない。

無垢なルイスを巻き込んだ僕は地獄に落ちるべきだし、けれどルイスにはやっぱり生きていてほしかった。

一緒にいたいと思う。

ルイスがそれを望むならより一層ともに在りたいと思う。

けれど僕が今までに殺めてきた悪魔の魂が両手足に絡みついて離れることはなく、あれほど願ってきた「ルイスが生きている世界」を捨てたくもなかった。

僕はルイスとルイスが生きる世界に相応しくない。


「兄さん、だいすきですよ」


寂しそうに笑うルイスを思い切り抱きしめて深く深く息をする。

方法さえ間違えなければ、ルイスとともに美しい世界を生きることを選べたのだろうか。

けれど真っ当な方法を駆使していたホワイトリー議員でさえ道を阻まれてしまったのだから、やはりこれしか方法はなかったのだと思う。

ルイスが生きるに相応しい世界を作るためにはこれしかなかったのだと、何度も何度も自分に言い聞かせたところで、結局は殺めた命で押し潰されそうだった。

後悔はしていないのに、圧倒的な罪悪感は残るのだから厄介だと思う。

その度にルイスを抱きしめ、確かなリズムで脈打つ鼓動を感じることで安心を得る。

裁いてきた悪魔よりもルイスが大切だ。

ルイス以上に優先することなんてない。


「ルイス、愛しているよ」


ルイスの手が同じく血に染まったことを嬉しく思う以上に、僕のエゴに巻き込んでしまった後ろめたさが僕を苛む。

ルイスには無垢なままでいてほしかった。

美しい世界に相応しい君でいてほしかった。

本当ならルイスは僕とともに裁かれ地獄に落ちるべきなのだろう。

ルイスはそれを望んでいるし、僕もそれを頭では理解している。

けれどやっぱり、どうしても、ルイスにだけは生きていてほしいと思ってしまうのだ。

今までに僕が望んできたことは「ルイスがこの国で生きること」それだけなのだから、ルイスが望もうが僕自身の中で矛盾していようがそれだけは何としてでも叶えたかった。

ルイスにとっての愛は一緒にいることなのだろう。

それはとても健気でいたいけで、無垢なルイスらしいと思う。

けれど僕にとっての愛は違う。

ルイスが教えてくれた愛情に不誠実で不純な気持ちを返すことは出来ないのだ。

僕はルイスに相応しくない僕を許せないし、理由はどうであれルイスが死ぬことを何よりも拒否してしまう。


「いつも一緒だからね」


ルイスが望む言葉を簡単に与えられてしまうこの口には感謝しかない。

偽りだろうと本心ではなかろうと、出来る限りルイスを悲しませたくないと思うのは兄としての本能なのだろう。

少しだけ安心したように顔を綻ばせるルイスが愛おしくて、抱きしめている腕の力が増していった。

僕にとっての愛はルイスが生きることだ。

ルイスさえ生きていれば他はどうでもいいし、僕の命すらも惜しくはない。

それを知ればきっとルイスは嘆き悲しみ、少しの怒りを覚えるかもしれない。

そうだとしても、僕は僕の望みを絶対に叶えたかった。

僕よりも一日でも長くルイスに生きていてほしかった。

そのためだけに今までを生きてきて、たくさんの同志を集め、世界を変えるべく行動を起こしてきたのだから。

だからこの道を選んだことに後悔はしていないし、するつもりもない。

僕達が作り上げた世界でルイスが生きることは、僕にとって最大の幸福であり希望だ。

ルイスが生きていてくれるのなら、これほど喜ばしいこともないだろう。




(一緒にいられない僕をどうか許してね)

(ルイスが何よりも大切だった)

(君の命は僕の命よりも大切だった)

(すきだよ、ルイス)


(愛してる)