「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 6
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第一章 6
「あいつらは」
深夜の町になんとなく不自然な不良の服装、それになんとなく足を引きずって歩いている二人に、見覚えはないもののなんとなく予感を感じた。次郎吉は、その二人の後を追うことにした。
「あんたも目を付けたのかい」
ふいに肩をたたかれ、身を固める次郎吉に、見覚えのある笑顔が見えた。時田である。
一応解説をしておくと、、次郎吉も時田も、泥棒だからといって屋根の上や壁の上を歩いているわけではない。普通に一般人と同じように道路を歩いている。もちろん稼業に必要な場合は屋根の上を走り、地の中(マンホールの中なのだが)を抜けて出てくるのであるが、何も盗んでいないときや、普段は普通に一般人と一緒になって街の中を歩いているのである。また、指名手配などで顔写真が出ていない限りは、そのように普通に歩いていても全く気付かれないのである。
それは次郎吉だけではなく時田も同じだ。しかし、次郎吉や時田などは、一人で歩いているときに、同業者が近くにいるなどということはほとんど思わない。そのために、突然声をかけられるとかなり驚いてしまうのである。
「時田さん」
時田は慌てて、口の前に指を一本あてると、話さないようにした。
「あいつらは、この前農薬工場で警察と戦った生き残りだよ」
「生き残り」
「ああ、他は死んだと思う。もちろん、連れ込まれた女もな。でも、あの二人は抜け穴の先に隠れて生き残ったんだ。問題は、あいつらが郷田の手下だということだ」
時田はさも当然であるかのような話をした。
「郷田の」
次郎吉は驚いた。つまり目の前にいる二人は、名前もわからないが郷田の部下であの農薬工場で立てこもって警察と戦っていたということになる。
「あいつらを尾行すれば郷田と正木がどこにいるかわかるだろう」
「そうなりますね」
「ちょうどいい、ばれないように手分けするぞ」
「あい」
次郎吉は、そういうと身をひるがえして近くの塀の上から、家の屋根の上に上がった。そして時代劇に出てくる忍びのように、鳥の鳴き声のような音を出した。時田は猫の鳴きまねで答えた。
前を歩く二人は、全く次郎吉と時田に気づいてはいなかった。幸三は怪我をしているのか、足を引きずっている。しかし、この二人はどこに来ていたのであろうか。あの爆発から、どうやって抜け出し、どうやって生き残り、そして三日間どこで何をしていたのであろうか。次郎吉は、すぐに言って胸ぐらを掴んで聞きたい気持ちを抑えながら、屋根の上から見ていた。
一人が屋根の上から見るのは、二人が突然走って逃げたり、あるいは乗り物に乗ったりする場合にその行く方向を高いところから見るということと、同時に、不意に他の道路から尾行対象者の味方が来て襲われるのを避けるためである。上から俯瞰的に見て、危険が迫った場合などに合図を送るためである。
「あれは」
次郎吉は先を見た。郷田の車などがくるならば何だかわかるが、何か向こうからゆらゆらと、千鳥足のような感じで歩いてくる人間が向かってくるのである。次郎吉は、鳥の鳴きまねをして危険を時田に知らせると、慌てて屋根の上を伝ってそのゆらゆら歩く人間の方に向かった。一応屋根伝いに行けば、顔を合わせることもない。素人や慣れていない人間が屋根の上を歩けば、当然に、音が出てしまうのであるが、そこはベテランの泥棒である。音が出そうな瓦屋根でも、全く音を立てずに数軒先まで走った。
その間に時田も危険を察知したのか、道路を挟んで次郎吉のいる家とは反対側の家の上に上った。少し小太りで手足の短さから見たら、誰も想像できないような身軽さで、電信柱を伝ってアパートの二階の屋根にあがった。
「あれ、幸宏じゃないのか」
道路では和人が大声を上げた。もともと暴走族だった和人と幸三は、近所が寝静まっているなどということは全く気にしない。そもそも、このような静かなところで大きな音を出すことが、彼らにとって快感なのである。バイクを工場とともに失ってしまった彼らは、その音を出すようなこともできないのである。さすがに、大声を出し続けることもできないし、そのような気力もない。そもそも、自分たちのことを警察が追っているのではないか、そのように考えていては目立つ行動はできないのである。
「和人、幸宏と隆二は爆発で死んだはずだろう」
怪我をしていると思われる幸三は、少し苦しそうにそういった。和人が肩を担いでいることから、幸三は和人の肩に回した手に力を入れた。和人が幸宏の方に行かないようにするためである。
「でもあれ、幸宏の着てた服じゃないのか。黄色のパーカーに・・・・・・」
「やめろ、黄色のパーカーくらい他にもいるだろ」
幸三は、そういいながらも何か幸宏であるような気はしていた。しかし、幸宏の服を着ながら幸宏ではない何か得体のしれないものではないかという気がしていたのである。
「いや、あれは絶対幸宏だよ」
「それならあの爆発の中からどうやって生き残ったんだよ」
そういわれると何も答えられない和人である。
「それに、もしも生き残ったとしても、警察に何故パクられていないんだ。それに、隆二はどうした。隆二を見捨てて幸宏が生きているということか」
幸三は、なんとか目の前に迫ってくる人物が幸宏ではないという理由を探した。幸三の中には、自分たちだけ抜け穴の奥の方に入って助かったという、なんとなく後ろめたい部分があった。しかし、和人はそのようなことは全く関係ないかのように「仲間」との再会を喜んでいるのである。
目の前の幸宏は、なんとなくゆらゆら歩いている。もちろん、和人のいうように怪我をしているだけなのかもしれない。または、何か頭のどこかを打って少し歩くのがおかしくなっているのかもしれない。しかし、なんとなく素直にそのようなことを信じられる雰囲気ではないのである。
「ゆ、幸宏だよな」
細い道と重なった街灯の下で、和人と幸三は、幸宏に会った。その細い道が、何かその三人の間を分断している川か何かのうように、横たわっていた。
「ああ」
なにかおちつかないのか、幸宏は二人を見て街灯の下でゆらゆら揺れている。元々幸宏は落ち着きがないのでまっすぐ立っていることはなかったが、その揺れ方は何かがおかしいのである。しかし、それが何がおかしいかよくわからない。それに、和人が声をかけても、ずっとうつむいたままである。鍔を後ろにした野球帽の頭の部分が見えるほどである。
「和人、何かがおかしい」
その時、幸宏の前を猫が横切った。
「ううううううう」
幸宏は、動物のように唸り声をあげると、そのままその猫にとびかかり、そして両手で抑え込むと、そのまま猫の首筋にかみついたのである。
「ぎゃあああああああああ」
猫は必死に抵抗し、幸宏の顔や手に爪を立て、必死にかみついた。しかし、幸宏は全くお構いなしで、そのまま首を振って食いちぎった。断末魔の声を上げて猫はぐったりした。幸宏の黄色のパーカーの首の周りや両腕は、猫の鮮血で染まった。
「和人・・・・・・。」
幸三は目を見張った。目の前で繰り広げられている情景が全く信じられなかった。幸宏は、暴走族の中でもどちらかといえばおとなしく、和人や幸三の後ろについてくるような若者であった。それが、凶暴に猫に襲い掛かったのである。そして、まるで野生のライオンが獲物を捕まえたときのように、それを無表情で食べているのだ。
「幸三、逃げよう」
和人は、幸三を抱えたまま後ろに引き返した。
「あれは」
一部始終を見ていた次郎吉は、同じ高さにいる時田に向かって取りの鳴きまねをした。時田は、猫の鳴きまねをすれば、目の前の幸宏と呼ばれた野獣に殺される可能性があるので、何も言わず首を振った。