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Ocha journal

みそひともじの魅力

2021.02.17 10:00

私が今回ここに書きたいのは、「現代短歌」です。


合計31文字の小さな世界は、ふとした時に思い浮かんでは心が華やぐような大きな魅力を持っています。一冊の本を読む時間はなくとも、SNSで『短歌』と検索するだけなら可能だという人は多いのではないでしょうか。制約の多い今、何か新しいことを手軽に始めてみたいという方にとっても短歌を読んでみるのはぴったりのチャレンジだと思います。

また、短歌といえば百人一首のような和歌をイメージする人が多いかもしれません。文法や単語を覚えなければならず、一朝一夕では楽しめないもの、そんな印象を持っている方におすすめしたいのが、現代短歌です。

おそらく最も有名な作品は、俵万智の「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」ではないでしょうか。これは、歌集『サラダ記念日』に収録されて大ヒットした現代短歌の先駆けとなった作品です。


昨日の出来事を友達に話すような親しさで、思い出や空間、感情を鮮やかに切り取る作品。

現代短歌の魅力は、まさにここにあるのです。


今回は私が好きな幾つかの作品を紹介します。

ここから興味を持った作品があれば、ぜひ手に取ってみてください。




「中央線に 揺られる少女の 精神外傷(トラウマ)を バターのように 溶かせ夕焼け」


これは笹公人さんの『念力家族』に収録されている作品です。


「中央線に揺られる少女」という身近な存在である彼女が、「バターのように溶かせ」と「夕焼け」に願われるほどの「精神外傷(トラウマ)」を抱えていると分かるところに鮮明な場面が浮かびます。

夕焼けに赤く染まった誰もいない車両で一人、スマホを見ることも本を読むこともしていないセーラー服の少女がただ座っているのです。彼女が抱く傷は果たして何なのか、すでに解決したことなのか、それとも現在進行形で一人になれる電車の中でしか癒されないのか、そんなことを考えていると時間は思いの外早く過ぎていってしまいます。



「この煙草 あくまであなたが 吸ったのね そのとき口紅 つけていたのね」


これは佐藤真由美さんの作品です。


恋人の浮気現場に遭遇してしまった人の静かな怒りを率直に詠んだようにも思えますし、同棲している部屋で一本だけ赤く掠れた煙草を見つけてしまった人の冷めた確認なのかもしれません。

「裏切られたかもしれない」という思いの表現は昔からありますが、短歌という枠組みに入れると途端に新鮮さが増してくるように思えます。



次に紹介するのは、木下龍也さんの作品です。


「B型の 不足を 叫ぶ青年が 血のいれものとして 僕を見る」


献血を募る光景を鋭い角度で切り取っています。B型の不足で困っている人を心配して声をあげている「青年」が、「僕」のことは「血のいれもの」としてしか見ていないのです。立場が変わることで人の見方も変わってしまうことを、献血という身近な場面から端的に表しているところに潔さを感じます。



最後に紹介するのは穂村弘さんの作品です。


「お医者さんと結婚してると信じてる、何十年ものかかる治療を」


どこもかしこも白く汚れのない病室はまるで教会のようで、けれどこの部屋に訪れてくれるのは愛を誓い合うひとではないのです。だったらいっそ、ここを真っ白な新居だと思えば良い。その子はずっと、私の旦那さんはお医者さんなのよとお見舞いに来る人へ無邪気に自慢をしているのでしょう。

「お医者さんと結婚していると信じてる」というメルヘンで可愛らしい雰囲気に「何十年ものかかる治療を」という後半が針を刺し、一瞬で不穏な空気にしています。そういった歌の展開の仕方のギャップが好きで、この作品に始めて出会った中学2年生の時から繰り返し読み続けています。




今回紹介した四作品の下に自分の感想や解釈を載せたことでお伝えしたかったのは、何を見てどう感じても良いのだということです。全く異なる印象を抱いた人もいると思います。しかし、このことこそが短歌の魅力は多岐に渡るという証明です。鑑賞する人によって全く違う感想や解釈、光景が浮かぶのも短歌の面白いところではないでしょうか。

みそひともじに親しみ、短くも無限な短歌の世界に飛び込んでいけるようになれば、広告や本、詩などのたくさんの言葉を、より自分なりに楽しめるようになるかもしれません。

皆さんの新たな世界を開く一助になれたら嬉しいです。



笹公人(2004)『念力家族』インフォバーン

佐藤真由美(2005)『プライベート』集英社

木下龍也(2013)『つむじ風、ここにあります』書肆侃侃房

穂村弘(2001)『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』小学館



(ライター:まひろ)