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砕け散ったプライドを拾い集めて

檸檬

2021.02.16 09:03


駅へ抜ける坂の小道を降りて行くと、右手にレモンの木が植っている。夏の頃にはまだ青い大型の柚子のようであったのが、寒くなって橙色に熟してくる。
帰宅の時にもこの坂道を使うのだが、橙色になってから少しづつレモンの数が減っていく。つまり、この小道に面した側から無くなっていくのだ。たわわに実っているので、〝一個だけね〟と捥いでゆく人がいるのだ。一人は一個でも、それが20人なら、20個がなくなる。
いまでは、小道と反対側の奥手や写真のように枝の混んだところに何個しか残っていない。
かくいう私にも〝一個どうかな〟という悪魔の囁きがないわけではないので、このレモンの無くなっていくサマは心穏やかではない。この木の持ち主もレモンにさほど関心もなさそうな感じはあるのではあるが、それはこちらの勝手読みかも知れない。
とにかく、この道を通る度に自分の「良心」が試されているようで、辛い。

「レモン」は私にとっては、自動的に高村光太郎の『智恵子抄』の「レモン哀歌」と結びつくのでさらに辛い。

<抜粋>
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
ーーーーーーーーーーーーーーー

中学だか高校のときに読んで、

<がりりと噛んだ トパアズいろの香気が立つ>

この不思議なエロチシズムに少年は完全に殺られてしまった。

このレモンで狂った智恵子が一瞬正気に帰り、
<生涯の愛を一瞬にかたむけ>ことができた隙間を作り、
そして智恵子は死んでゆく。

※ここに朗読もあるので、どうぞ。↓

https://aozoraroudoku.jp/voice/rdp/rd568.html