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数多の星には祈らない

2021.02.23 02:01

 東京皇国の夜は明るい。アマテラスの潤沢なエネルギーで夜の闇は照らされ、皇国の人間は真の暗闇というものを知らなかった。

 それは森羅にとっても同じだった。だから初めて中華半島に渡り、焚き火のみで夜を迎えた時、天上を覆う星の海に驚いた。

 地べたにひいたシートに寝転がり、ただ真上を見ているだけなのに、巡る天体が矢のように森羅に迫ってくる。

 つぶつぶと並ぶ星々が、オルゴールの針みたいだ。と森羅は思った。宇宙の音が聞こえてきそうで、白い漣のような音波を想像した。皇国は高層ビルが立ち並んでいるから空がこんなにも広いことをつい忘れてしまう。

 丸かった。中華半島で見上げる夜空は端が丸く落ちていた。それはここが地球であり、森羅達は太陽系の中の星に住む小さな生き物であると思い出させた。

 投げ出した手足が地に埋まるみたいな感じがして、森羅はまんじりとも動けなかった。

「なにを惚けている。」

 さっきまで寝息をたてていたアーサーの声がした。いつの間に起きたのか、彼は寝返りをうち、森羅を見つめていた。

「や、星、すげー量だなって、見てた。」

 眠っている他の三人を気遣って森羅は声を潜めた。

「お前が?」

 ひどく不可解なものを見たように、アーサーが眉を寄せた。 

「んだと、コラ」

 森羅は一瞬で眦を釣り上げた。先程まで感じていた地球の雄大さなどあっという間に吹き飛んで無礼な男に凄む。

「似合わねー」

「ほっとけボケ」

 二人は精一杯声を潜めつつ、争った。あまり動くと隣で寝ているオグンに悪いので、森羅は静かに中指を立てた。

「星を見るのは騎士の役目だ。」

 憮然とした表情でアーサーが言った。

「なんでだよ。」

「星には物語があって、それを思い出すことで騎士の矜持を再確認するんだ。」

 アーサーの言葉はたしかに説得力があった。しかし、伊達に長年共にいるわけではない森羅には彼の理論の穴が丸見えだった。

「……お前、星座にまつわる神話なんて覚えてんの?」

「……星の数ほど人はいる。」

 どこかで聞き齧った定型文を捻り出してきたアーサーに、森羅はなんの言葉も返せなかった。

「…………」

「フッ」

 アーサーが不敵に笑った。おそらく森羅がアーサーの知識に畏敬の念を抱いたのだと思ったのだろう。

「……そういやさ、皇国じゃあんまり星が見えないから人口ほど星ねーだろって思ったけどここの星空だと納得するよな。」

 同じ話題に留まるのがバカらしくなって森羅はすぐ話題を変えた。

「うむ、そうだな。」

「……ちなみに皇国の人口は?」

 真面目くさって同意するアーサーに森羅はカマをかけた。きっと彼は人口の統計など知らない。

「一万人!」

「バカ、そんな少ないわけねーだろ、千五百万人だよ。」

「死ぬほど多いな。」

 推測通り、アーサーは驚いた顔をした。同じ授業を受けたはずなのに、やはりバカはバカだと森羅は呆れた。

「大災害の前は六十億人とかいたらしいぞ。」

「億……?それは千万何個分だ?」

「十個。」

「……指が足らん。」

 必死に指折りゼロを数えているアーサーに、森羅は思わず笑ってしまった。小学生みたいな幼稚さに、気が抜けた。

 だからつい、さっきまでぼーっと考えていたことが口から溢れた。

「星もさ、肉眼で見える星の三百倍以上も見えない星があるんだってよ。オレが助けられる人なんて見えてる星と変わんねーな。」

「? 当たり前だろう。星は見えなければ星とわからない。目の前の人間以外は助けられない。」

 森羅の不安をアーサーはなんでもないような顔で一蹴した。昔から敵を倒すのに一切の躊躇を見せない彼であったが、助ける人間までこれほど割り切っていたとはついぞ知らなかった。

「騎士なのに、悔しくねーの?」

 届かない手のもどかしさを、アーサーにも感じて欲しくて森羅は食い下がった。

「騎士だからこそ、オレは大切なものを守るんだ。見えないものに惑わされない。」

 だが、アーサーはキッパリと言い切り微塵も揺らがなかった。

「……ふーん、そっか。」

 もう森羅にはなにも返す言葉がなくて、ひそりとうなづくだけだった。

 もはや話は済んだというように、アーサーは身体を動かし、眠る体勢に入った。青い瞳が瞼の下に仕舞われる。森羅はぼんやりアーサーを見ていた。

 アーサーの大切なものとは一体なんだろうと、ふと疑問に感じた。彼に聞けば姫だとかなんとかいう答えしか戻ってこないから、森羅も目を閉じて眠気がやってくるまでの友として考え出した。

 だけど浮かんでくるのは炎の中で共に戦うアーサーの姿だけだった。自分が夢見る騎士のように振る舞う彼の姿だけだ。自分自身のために戦うアーサーの姿。

 もしこのアーサーが誰かのために戦い出したらどうなるのだろうと森羅は考えた。

 ヒーローなら。ヒーローか悪魔か。お前を倒すのはオレだ。

 アーサーが森羅に向けた言葉が次々思い浮かんで、森羅は不思議と寂しくなった。

おしまい

誰かの騎士になってほしくないシンラクン